わがまま王子の取扱説明書

萌菜加あん

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第六十話影武者の言い分『悲しみの子』

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医師を呼び、適切な処置は施されたものの、
路上で倒れていた少年は目を覚ますことなく、
すでに3日が経とうとしています。

時折傷口が痛むのか、
苦しそうに顔を顰めるのが痛々しくて、
私はその手を握り少年の生を祈るばかりです。

「生きて……お願い。
 生きて……」

悲しい別れは、もうたくさんなのです。

私の脳裏にゼノアの面影が過り、
ミシェル様の面影が過りました。

生きてはいても、心が離れてしまう悲しみと、
心は繋がっていても、別たれる悲しみと、
それは果たしてどちらが悲しいものなのでしょうか。

そんな私の追憶を知ってか知らずか、
少年は形のよい眉を顰めて苦悶の表情を浮かべます。

「あなたは生きて。
 そして私の代わりに愛する人と幸せになって」

今、目の前に生と死の狭間をさまようこの少年に、
なぜだか私はそんな言葉を紡ぎました。

「セシリア様、少しお身体を休めて下さい」

そういってナアマが私の肩に
カーディガンを着せ掛けてくれました。

「ありがとう。ナアマ」

そういって、私はナアマの手に触れました。

「しかしこの方は一体どなたなのでございましょうか。
 目を閉じて眠ってはおられますが、
 恐ろしいくらいに美しい方ですね」

不思議な感じがします。
私はこの漆黒の髪の少年を、
なぜだか知っている気がするのです。

そしてこの屋敷にも、覚えがあります。

「ええ、本当に。
 着ていたものから推察するに、ライネル公国の黒鳥部隊の
 エースの方だとは思うのだけれど、今の私の置かれた状況では
 詳しいことを調べる術がなくて」

ゼノアに連絡を取ろうとしましたが、請けに行っているのか、
音信不通の状態です。

私の今置かれている状況が状況なだけに、どちらの国に対しても迂闊に
動くことができません。

「お兄様に連絡が取れさえすれば、明らかになるんでしょうけど」

私の横で、ナアマが食い入るように少年の顔を凝視しています。

「いえ……そんなはずは……」

ナアマは自身の頭に浮かんだ
何事かの考えを打ち消そうとしています。

「どうしたの?」

そう私が問いますと

「いえね、この方の面差しがあまりにも
 ある方に似ていたものですから」

ナアマの言葉に私は確信めいたものを感じました。
私は確かにこの少年のことを知っている。
過去にどこかで会っているはずなのだ。

「それでこの方は一体どなたに似ているというの?」

そう問いますと

「エリック王の妹君、サナ姫様に瓜二つなのでございますよ」

私の中でこの少年の記憶が繋がりました。

◇◇◇

その日の夜半、少年は意識を取り戻しました。

「ん……? エリ……オット?」

それが焦点の定まらない視線をこちらに向けて、
少年が紡いだ第一声でした。

「ここは……?」

伸ばした少年の手を私はしっかりと握りました。

「大丈夫です。安心してください。
 ここはサイファリア国、
 王太子ゼノア・サイファリアの屋敷です」

少年は暫し視線を宙に漂わせました。

「お前は……ゼノアか?」

意識の覚醒しきらない、そんな視線を私に向けて、
問いました。

「兄をご存知なのですか? 
 残念ながら私は妹のセシリア・サイファリアです」

その言葉に少年が目を見開きました。

「セシ……リアだと?」

そして反射的に身体を起こそうとするのを、
私とナアマが押さえつけました。

「まだ体を起こしてはいけません。
 傷に障ります」

この人はサイファリアの王妹に起きた悲劇の子なのです。

そして紛れもなく私たちの同胞であり、
サイファリアの血を引く王族なのです。

それと同時に貞操を重んじるサイファリアの重臣たちが、
ライネル公国を憎むことになったきっかけでもあるのです。

今思えば、父は妹の忘れ形見であるこの少年のことが
不憫であったのでしょう。

私とゼノアは幼い頃、
まだ私が影武者として立つための訓練を
受ける前でしたから、5、6歳の頃でしょうか。

父に連れられてこの屋敷で
少年と共に時間を過ごしたものです。

記憶が確かであれば、この屋敷の隣に
エルダートン家の所有する屋敷があり、

互いに泊まりに行ったり、楽器を奏でたり、
そんな風にして楽しい時を過ごしました。

お互いに子供であったし、なんの蟠りもなく親しい従兄として、
友として、関係を深めていきました。

ここはそんな優しい思い出が詰まった場所だったのです。
私はゼノアの言葉を思い出しました。

『本当はお前と楽しいクリスマスを
 過ごしたくて、色々準備していたんだけどな』

そんな幸せな時が確かに私たちにはあったのだと。

郷愁にも似た甘やかな思いと、そんな時間を取り戻そうと
奔走していたゼノアの心を思うと、胸が痛みます。

「あなたはイリオスなのでしょう?
 どうしてそんな怪我を負っているの?
 もし良かったら話して下さらない?」

私の言葉にイリオスが顔を顰めました。

「ロザリア様が公務の最中に襲われたんだ。
 俺は犯人を追って、この界隈まで来たのだが、
 えらく手練れた刺客に銃撃されて、この様だ」

イリオスは枕に深く頭を鎮めて悔しそうに呟きました。

「それでロザリア様はご無事なの?」

そう問いますと、イリオスは小さく頷きました。

「女王陛下は我らが黒鳥部隊が身を挺してお守りしたので、
 大事はない」

その言葉に少しホッとしました。

「だが、女王陛下を狙ったのは紛れもなくサイファリアの者だ」

イリオスの言葉に私は身体が震えるのを止められませんでした。

 


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