わがまま王子の取扱説明書

萌菜加あん

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第七十一話影武者の言い分『誓い』

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イリオスにエレベーターに押し込められて、
何かを言う前に、扉は閉ざされてしまいました。

一体なんだというのでしょうか。

状況はよくわかりませんが、無駄に心拍数が上昇しています。
エレベーターが最上階に停まり、その扉を開きました。

お伽の国の王城は、夢に溢れた暖かな色彩で、
ちょっと泣きそうになりました。

お伽の国のお姫様は、どうして私とこうも違うのでしょうか。

パレードが終わったのでしょう。
すぐ近くでフィナーレの花火の音がします。

「セシリア」

その声に、私は凍り付きました。
バルコニーの手前に立つ、そのシルエットを
私は直視することができません。

そんな私に声の主が近づいてきて、私の頬に触れました。

「クッソ、悔しいな……。
 超絶可愛じゃないか」

その言葉に耐えきれず、私の涙腺が崩壊しました。

「ミシェル……様」

しかし大概どうして私はいつもいっつも、
大好きなこの人の前で泣いてばかりなのでしょうか。

せっかくこの人が可愛いといってくれたのに、
最高の笑顔ではなくて、不細工な泣き顔なんて
頼まれたって晒したくはありません。

「ただいま、セシリア」

そう言ってミシェル様の腕が私を包みました。
その腕の中で私は身体を強張らせて、
その身をミシェル様から離しました。

「いけません、ミシェル様。
 私たちの婚姻の話は……」

そう切り出した私に、ミシェル様が少し目を細められました。

「破談の報告を受けて、私は急遽サイファリアへ行った」

私の思考回路が真っ白になりました。

「なんということをっ! それがどれだけ危険なことなのか、
 ご存知ないわけではないでしょう。どうしてそんな無茶をなさるのですか!」

知らず、私は声を荒げてしまいました。

「それが外交というものだ。
 危険を恐れて身を竦めていては、何も手に入らない。
 私の母もまた、そういう戦場に身を置いている。
 息子である私が尻尾を巻いて逃げるわけにはいかないだろう」

私はミシェル様の言葉に、口を噤みました。

そうなのです。

イリオスが何者かに撃たれた日、
ロザリア様も襲撃されたのです。

幸いにして、ご無事であられたとはいえ、
ご自身の母上が命を狙われたとあっては、
ミシェル様も黙っていることは出来ないでしょう。

イリオスはこうも言っていました。
『ロザリア様を狙ったのはサイファリアの者だ』と。

「お前の父、エリック王にお会いした」

そう言ってミシェル様は、ポケットから小さな小箱を取り出しました。

「これは……」

小箱の中に入っていたのは百合の紋章をあしらった
金のペアリングです。

これはサイファリアの王族と婚姻を結ぶことを、
サイファリア王が認めたときに贈る物です。

「サイファリア王は、私たちの婚姻を正式に了承してくれたのだ。
 だがな、私はお前に無理強いはしない」

そういってミシェル様はふとバルコニーの外の世界に
視線を彷徨わせました。

フィナーレが終わり、夢の終焉を告げるアナウンスが告げられると、
人の群れはその出口へと向かい、それぞれの生活へと戻っていきます。

「お前がもし普通の女の子に戻って、自由な世界で生きたいと
 そう願うのなら、私はお前を自由にしてやる」

ミシェル様の言葉に、握りしめた拳が震えています。
やはり涙が後から後から頬を伝って、私は下を向きました。

「私は……あなたの前でしか、
 泣くことができま……せん」

嗚咽を堪えて、ようやくそれだけの
言葉を紡ぐことができました。

「私は自分の国が嫌いでした。
 偽りの国、サイファリアと人は口々に言います」

権謀術策、血で血を洗う争いの末に、得たものは一体何だったのか。
そう大人たちを責めて、醜い物を見たくはないと、心を深く閉ざした日々。

「ですが、気が付けば自分も姿を偽り、笑顔を偽り、
 心を凍らせた人形として生きていました。
 そうしなければ、生きていけなかったんです」

私は感情を制するために、大きく息を吐きました。
そしてミシェル様に眼差しを据えて、微笑みました。

「あなたは知っていますか?
 そんな私に心というものを与えてくれたのが、
 あなたであるということを」

ミシェル様のダークアッシュの瞳が、私の言葉に見開かれました。

「繋いだ手の温もりが、抱きしめられたときの胸の高鳴りが、
 かけてくださった優しい言葉の数々が、
 凍えていた私のこの心をどれだけ救ってくれたのかを」

そして渇いた笑いがこみ上げました。

「あなたが与えるという自由とはなんですか?
 人を馬鹿にしているんですか?
 あなたを離れて……この私に……どこへ行けと?」

感極まったミシェル様が、きつくきつく私を抱きしめました。

「セシリアっ!」

それは血反吐を吐く様な呼びかけでした。

「私とて、死ぬほど惚れているお前を
 どうして手放したいと思うか!
 だがなその手を取るということは、
 この婚姻を進めるということは、
 お前がこれまで過ごしてきた過酷な時間よりも、
 もっと深い傷をお前に与えてしまうかもしれないのだぞ?」

ミシェル様の手が震えておられます。

「それでもなお、お前は私のこの手を取ることができるか?
 その覚悟はあるのか?」

私はその場に跪いて、ミシェル様の手を取りました。

「私セシリア・サイファリアは、
 その心を生涯をミシェル・ライネル様に捧げることを誓います」

誓いの言葉とともに、私はミシェル様の手の甲に口付けました。
 
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