九九式双発艦上攻撃機

ypaaaaaaa

文字の大きさ
2 / 84
③計画

双発艦攻

しおりを挟む
支那事変が始まってしばらくした頃。
連合艦隊司令長官に就任した山本は長門の長官室で考えを巡らせていた。
(必ず、将来の海戦では航空機が主役になる…我が海軍は早々に空母増産に当たらねばならない…)
だが、ここで信頼を置いていた井上成美少将が言っていたことを思い出した。
『空母から出撃できる航空機の航続距離などたかが知れております。確かに空母どうしの戦いならば不足はないでしょうが諸島への攻撃の際には不利に立たされる可能性があります』
この井上の意見は正論であり山本も無下には出来なかった。
(井上の言う通り、空母艦載機の航続距離など陸攻に比べればたかが知れている…いっそ陸攻を空母に積めればいいのだが…)
ここまで考えて山本は突然目を丸くした。
(そうだ!陸攻、いや双発機の艦上機を開発すればいいのだ!)
帝国海軍ではその昔、双発機を艦載機化する計画があった。
あいにく、その当時の日本の技術力では実現することが出来ず、艦載機化される予定だったその機体は九三式”陸攻”と名前を改められ、配備されたのである。
これが陸攻の黎明期であった。
これから考えてみると、陸攻と言うのは元々空母艦載機として設計されていた機体である。
航空技術が格段に進歩した現在なら、いわば”双発艦上攻撃機”の開発もできるのではないか。
これが山本が双発機の艦載機化という考えに思い至った理由である。
(すでに前例があったではないか…すぐに空技廠に持って行こう!)
山本の行動は早かった。


「双発艦攻…ですか」
応対した海軍航空技術廠長の和田操少将は興味深げに言った。
「あぁ、もしこれが可能なら我が艦隊は比較的安全に敵諸島を攻撃できる!」
山本がそう熱弁する中で、和田は頭の中でもうすこし踏み込んでいた。
(双発なら、急行爆撃機と雷撃機を統合した機体が開発できるかもしれいない!)
もし和田が考えていたようなことが可能になれば、空母に艦載する航空機は戦闘機と双発機だけで良いことになる。
だが、そもそも”双発機がしっかり空母で運用できるのか!?”と言う疑問も当然あったのである。
「大方分かりました…。ですが一度試作機を製作し、母艦に着艦できるかを確認しなければなりません」
すると山本は即座に答えた。
「分かっている。金には糸目を付けん。やってくれないだろうか」
尊敬する先輩に頭を下げられればもはや和田は頷くことしか出来なかった。
「分かりました!全身全霊で開発に当たります!」
こうして双発艦攻の開発は開始されたのである。
しおりを挟む
感想 55

あなたにおすすめの小説

鉄壁防空艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
大艦巨砲主義と航空主兵主義の激突は艦隊防空の強化と言う結論に到達した。日本海軍は”鉄壁防空艦隊”を目指して艦隊を整備していくことになる。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

小日本帝国

ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。 大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく… 戦線拡大が甚だしいですが、何卒!

帝国航空決戦

ypaaaaaaa
歴史・時代
1943年のガダルカナル島での敗北と連合艦隊司令長である山本五十六の死は日本の軍部を通りこして、天皇陛下を突き動かした。陛下は直々に陸海に対して”共同して”作戦に当たるように厳命。また、ニューギニア島からの撤退もご指示なされた。これを受けて陸海軍は絶対国防圏を今一度見直し、絶対国防圏で航空決戦を画策していくことになる。

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。 現在1945年中盤まで執筆

不沈の艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
「国力で劣る我が国が欧米と順当に建艦競争をしても敗北は目に見えている」この発言は日本海軍最大の英雄うと言っても過言ではない山本権兵衛の発言である。これは正鵠を射ており、発言を聞いた東郷平八郎は問うた。「一体どうすればいいのか」と。山本はいとも簡単に返す。「不沈の艦を作れば優位にたてよう」こうして、日本海軍は大艦巨砲主義や航空主兵主義などの派閥の垣根を超え”不沈主義”が建艦姿勢に現れることになる 。

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜

雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。 そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。 これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。 主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美 ※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。 ※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。 ※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

処理中です...