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第二部 妖花編 第3話 欲望
23、銀杏
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ぼんぼりが道を示す。
玉石がじゃりじゃり音をたてるのが嫌で、飛び石を右に左に踏んでいく。
金木犀の甘い香りが濃厚に漂っている。
足元にこでまりのように集まった黄色が、星屑をちらしたかのように零れ落ちている。
踏まないように歩くにはたくさん散らばりすぎていた。
はじめは木の名称やどんな花が咲き、薬効があるならばその効能を話していたが、オニクスが興味がなさそうなので止めてしまった。
牡丹亭の庭には神殿の薬草薬樹公園からこっそりと持ち帰ってきたものもある。
ラズは、これまでのことを話す。
ラズは失血多量死から辛くも助かったこと。
避難するのにジュートをはじめとする自警団の若者たちの助けがあったこと。
牡丹亭に来てからは、避難民とともに生活をしたこと。
避難民が去り始めてからは、牡丹亭の立て直しを手伝うようになったこと。
ここには、アンバーとククルと共にいること。
オニクスは軽く相槌を打ちながらじっと耳を傾け、ラズが黙ったところでようやく口を開いた。
「俺は、あなたがあの混乱の状況で生き延びられるとは思わなかった。生き延びられたとしても、あの後の混乱で、俺はあなたたちを探すことができなかった。神殿の子供たちを探していると聞きつけた奴らが、逃れた美しい子供たちを……」
オニクスは言いにくそうに続けた。
「神官たちが精霊にささげたように、自分たちのために子供たちを生贄にすることもあり得たからだ」
双子のキキとララが男たちに戦利品のように掲げられた姿は今でも悪夢に見る。
二人や多くの神官や女官たちは惨殺された無惨な姿でみつかったという。
あの時、ラズが生き延びることができたのは、助けにはいったオニクスのおかげだった。
「護衛補佐官が僕たちを探さなかったことを恨んではいないよ。命の恩人であることには変わらないのだから。あの時の切り付けられた傷跡は、そう目立たないと思うんだけど」
袖をまくって見せた。
オニクスはラズの肘を持ち、顔の前に掲げ、二の腕に走る斜めの歪曲した筋を指でたどる。
武器を持つためなのか固くなった指の感触にむずむずする。
古代の文字を読み解こうとするかのように真剣に見つめる黒曜石に似た目に、ラズの心臓が弾み始めた。
「じっくりみなければわからないでしょう?肉が裂けたからもっとひどい傷跡になってもおかしくなかったんだけど、アンバーが自分の血を使って治療したから、組織の修復が早くてきれいに治ったんだ」
「アンバーが自分の血で治療?」
オニクスはくっきりとした眉を寄せる。
「出血多量だったけど、血が僕の中に入って助かったみたいなんだ。アンバーの魔力が作用したんだと思う。子供たちは治療に伴う施術をして、病気で苦しむ人や不調のある人の体の、空風火水土のバランスを整える力があるとされて重宝されていたぐらいだから、そのアンバーの血には死にそうな人の命をつなぐぐらいの力はあったようなんだ」
「それは、誰にも言わない方がいい」
「は?」
「神殿の子供が、死にかけたものを生き返らせることができると噂されたら、今度は食われるために狩られるぞ」
「食われる……」
ラズはぞっとする。
「でも、アンバーはあれから魔力は急激に落ちていき、いまはまるでタダヒトだし、僕も、もともとタダヒトなところをごまかして生きてきただけだし。女将から言われてかつて神殿の子供だったことを悟られないようにしているから」
「そうだな、世界から魔力は急激に薄れている。マレヒトの子供の奇跡も聞かなくなった」
ラズは少し考えた。
「だけど、アンバーの作る化粧水は同じものを使っても格段に肌のきめが細かくなるとここの女たちに評判だし、ククルが男ながらにここでは一番の稼ぎ頭なのは、やはり明確な形をとれないほど薄れてはいるけれどやはりマレヒトであって、それがお客たちのなんとなく不調を、すっきりと流しているからかもしれない」
オニクスの沈黙から、ラズは自分がまだオニクスの誤解を解いていないことを思い出した。
ラズが男の客を取る姿を想像しているのかもしれない。
久々に会ったオニクスは、態度が尊大になってはいるが、自分を気にかけてくれるところは変わりがない。
一気に過ぎ去った時間が巻き戻っていくような気がする。
オニクスは神殿警護責任補佐官で、仏頂面で自分の身勝手な行動をたしなめる。
彼と行動するときは、他のだれが警護にあたるよりも安心だったことを思い出す。
だが今はもうラズは、誰かに守ってもらわなければ何もできず何もしらないような無垢な子供ではない。
ジュートのために、後ろ暗い秘密を暴く手伝いをするために気のあるふりをして近づいたこともあるし、気まぐれに男に抱かれたこともある。
玉石がじゃりじゃり音をたてるのが嫌で、飛び石を右に左に踏んでいく。
金木犀の甘い香りが濃厚に漂っている。
足元にこでまりのように集まった黄色が、星屑をちらしたかのように零れ落ちている。
踏まないように歩くにはたくさん散らばりすぎていた。
はじめは木の名称やどんな花が咲き、薬効があるならばその効能を話していたが、オニクスが興味がなさそうなので止めてしまった。
牡丹亭の庭には神殿の薬草薬樹公園からこっそりと持ち帰ってきたものもある。
ラズは、これまでのことを話す。
ラズは失血多量死から辛くも助かったこと。
避難するのにジュートをはじめとする自警団の若者たちの助けがあったこと。
牡丹亭に来てからは、避難民とともに生活をしたこと。
避難民が去り始めてからは、牡丹亭の立て直しを手伝うようになったこと。
ここには、アンバーとククルと共にいること。
オニクスは軽く相槌を打ちながらじっと耳を傾け、ラズが黙ったところでようやく口を開いた。
「俺は、あなたがあの混乱の状況で生き延びられるとは思わなかった。生き延びられたとしても、あの後の混乱で、俺はあなたたちを探すことができなかった。神殿の子供たちを探していると聞きつけた奴らが、逃れた美しい子供たちを……」
オニクスは言いにくそうに続けた。
「神官たちが精霊にささげたように、自分たちのために子供たちを生贄にすることもあり得たからだ」
双子のキキとララが男たちに戦利品のように掲げられた姿は今でも悪夢に見る。
二人や多くの神官や女官たちは惨殺された無惨な姿でみつかったという。
あの時、ラズが生き延びることができたのは、助けにはいったオニクスのおかげだった。
「護衛補佐官が僕たちを探さなかったことを恨んではいないよ。命の恩人であることには変わらないのだから。あの時の切り付けられた傷跡は、そう目立たないと思うんだけど」
袖をまくって見せた。
オニクスはラズの肘を持ち、顔の前に掲げ、二の腕に走る斜めの歪曲した筋を指でたどる。
武器を持つためなのか固くなった指の感触にむずむずする。
古代の文字を読み解こうとするかのように真剣に見つめる黒曜石に似た目に、ラズの心臓が弾み始めた。
「じっくりみなければわからないでしょう?肉が裂けたからもっとひどい傷跡になってもおかしくなかったんだけど、アンバーが自分の血を使って治療したから、組織の修復が早くてきれいに治ったんだ」
「アンバーが自分の血で治療?」
オニクスはくっきりとした眉を寄せる。
「出血多量だったけど、血が僕の中に入って助かったみたいなんだ。アンバーの魔力が作用したんだと思う。子供たちは治療に伴う施術をして、病気で苦しむ人や不調のある人の体の、空風火水土のバランスを整える力があるとされて重宝されていたぐらいだから、そのアンバーの血には死にそうな人の命をつなぐぐらいの力はあったようなんだ」
「それは、誰にも言わない方がいい」
「は?」
「神殿の子供が、死にかけたものを生き返らせることができると噂されたら、今度は食われるために狩られるぞ」
「食われる……」
ラズはぞっとする。
「でも、アンバーはあれから魔力は急激に落ちていき、いまはまるでタダヒトだし、僕も、もともとタダヒトなところをごまかして生きてきただけだし。女将から言われてかつて神殿の子供だったことを悟られないようにしているから」
「そうだな、世界から魔力は急激に薄れている。マレヒトの子供の奇跡も聞かなくなった」
ラズは少し考えた。
「だけど、アンバーの作る化粧水は同じものを使っても格段に肌のきめが細かくなるとここの女たちに評判だし、ククルが男ながらにここでは一番の稼ぎ頭なのは、やはり明確な形をとれないほど薄れてはいるけれどやはりマレヒトであって、それがお客たちのなんとなく不調を、すっきりと流しているからかもしれない」
オニクスの沈黙から、ラズは自分がまだオニクスの誤解を解いていないことを思い出した。
ラズが男の客を取る姿を想像しているのかもしれない。
久々に会ったオニクスは、態度が尊大になってはいるが、自分を気にかけてくれるところは変わりがない。
一気に過ぎ去った時間が巻き戻っていくような気がする。
オニクスは神殿警護責任補佐官で、仏頂面で自分の身勝手な行動をたしなめる。
彼と行動するときは、他のだれが警護にあたるよりも安心だったことを思い出す。
だが今はもうラズは、誰かに守ってもらわなければ何もできず何もしらないような無垢な子供ではない。
ジュートのために、後ろ暗い秘密を暴く手伝いをするために気のあるふりをして近づいたこともあるし、気まぐれに男に抱かれたこともある。
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