神さまの寵愛も楽じゃない

藤雪花(ふじゆきはな)

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第6話 顔のない女

48-3、

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 長い繊細な手がわたしの頬に触れ、薄く、そして柔らかな唇がわたしの唇に触れた。
 遠慮がちなキスだった。口を開き、触れ合った熱を追いかけようとして、わたしは自分が汗ばんで埃で薄汚れていることに、こんな時に気が付いてしまった。

「晴海さん、わたし汗臭い……」

 頬の手が滑り、髪をすかしあげ、後頭部を捕らえた。
 考える間もなく、晴海の唇が押しつけられる。
 あっと息を吐いた途端に舌が歯の間を割り込み、舌が探り当てられ、絡まり、吸われた。
 身体の内側を探られる感覚に、何も考えられなくなる。

「風呂はここで入って、美奈がよければ泊まってもいいよ」

 呼吸の隙間に神坂はささやく。
 興奮を押しとどめようとして、いつもよりうわずる声。
 わたしの目の奥の心まで裸にしようとする真剣な目に、たちまち心臓が走り出した。
 突然、状況は変化するのだ。
 いや、戸惑うこともない。むしろ遅すぎたぐらいなのだ。
 大学の友人たちはみんな、付き合っては分かれてをせわしないぐらい繰り返している。
 わたしだけがずっと立ちどまったままだ。
 だけどそれも終わり。
 恋を邪魔する倫子のような存在が、わたしたちには足りなかったそれだけのことだったのだ。

「そんなの、無理、だって、皆が、」
「僕は気にしない。むしろ、僕たちがそういう関係だと皆に知らしめたいぐらいだから。だから今夜は……」

 切実な懇願に、腹の底から歓喜が沸き起こる。
 主導権はわたしにあった。
 わたしが諾といえばいいだけだ。
 歓喜と同時に、燃え上がり始めた炎を必死に鎮火しようとするものが存在感を増していく。
 わたしの秘密の全てを神坂は知ることになる。

 わたしの秘密。
 性的興奮とともに全身に浮き出す醜いあざの模様。

 まるで呪いが具現化したようなものじゃないか。
 現に、わたしのことを好きだと告白した男は、わたしの身体をみて怖じ気づいた。
 わたしの痣をみたら神坂は彼のようにわたしを突き放すかもしれない。
 不思議なことが好きな神坂は、わたしの痣の呪いを笑って受け止めてくれるだろうか。
 それとも、この呪いを解こうと必死になってくれるのだろうか。
 神坂の温かな手が首筋を愛撫した。
 ぞくぞくと快感がわき上がった。そして、それは呪いの浮き出る前触れだった。
 渾身の力で、わたしは男を突き放していた。
 
「美奈……?」 
「あ……」 

 神坂の傷ついた顔に、泣きたくなった。
 いいわけをしなければならないのに、ちゃんと説明をしなければならないのに言葉がでてこない。
 わたしは、あの時から動けない。
 身体に浮き出るあざは呪いかもしれないけれど、わたしのすべて捧げれば、無常にも突き放されるというもうひとつの呪いにもかかったのか。

 もしかしてわたしは一生、愛し合うことはできないのかもしれない。
 先送りしたものを、臆病なわたしはまた先送りせずにはいられない。
 わたしはその場から逃げ出した。


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