神さまの寵愛も楽じゃない

第6話 顔のない女

49、盗難

　三日間の予定の石川恵子と南野武の館の片付けは、二週間前に終わった。
　わたしが参加したのはその初日だけで、残りの二日間はケータイを鞄の底に沈め、誰とも連絡を取らずに過ごすことに決める。
　ショッピングをしたり、コーヒーショップで本を読んで過ごしたり、美術館の展示会を見に行ったり、映画館にぶらりと入ったり。
レポートの調べ物をしたり。
　華蓮の顔を思い浮かべれば、輝く笑顔と共に最後の会話を思い出した。


　倫子さんと精神的にも肉体的にも離れた方がいいですって？
　サイラスがそう言ったっていうけど、ミーナのほうこそ、彼女にわたしを取られそうなことで嫉妬しているんじゃないの？
　彼女と一緒だと、撮影の現場でどういうふうに行動したらいいかとか、心構えとか勉強になるし、演技のスイッチが入るときの変貌は、それはそれは驚嘆すべきものがあるのよ。
　ミーナも指先まで感動に震えるわよ。
　あの細い体から別人格をにょろりと引き出してくるの！
　倫子さんは天才ですねってお世辞でなく言ったら、ある日突然できるようになったんですって。
　まるで芋虫が長い長～いさなぎの期間があって、背を割ってあでやかに羽化するように。倫子さん、演技も独学だんたんですって。それで石川恵子のアドバイスを受けてから開眼したそうよ。
　わたしも一緒に生きている間に石川恵子のアドバイスを受けたかったわ！
　カレンも諦めないで努力をしつづけることよ、わたしはカレンの大ファンなんだからって、わたしのことを応援してくれるのよ。
　だから夏休み、あんまりかまってあげられないけれど許してね！
　
　部屋の扉のポストに雑誌が馳せ込まれている。
　付箋があちこち飛び出している。
　開いてみれば、カレンが完璧な化粧をし髪を風に膨らませ踊っていた。　手にはきらきらした外カバーで内側に鏡がついたコンパクトを乗せ、のぞき込んでいる写真もある。どの写真もその頬には最近のトレードマークのピンクのハートが描かれている。ヘアケアかスキンケアか、コンパクトの宣告のモデルだ。最近のカレンのアイコンだ。
　これはわたしへの近況報告のつもりなのだ。

　ベッドに身を投げ出した。
　ケータイを見れば何度も神坂からの着信とメールが届いている。
　今日、幾つ目かのため息をついた。