神さまの寵愛も楽じゃない

藤雪花(ふじゆきはな)

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第6話 顔のない女

51-3、

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「カレンが盗まれたと非難する気持ちがわかりマス。スクリーンにカレンはふたりもいらないデスから」
 サイラスは同意を求めた。
 だけどわたしは反応できない。
 ただ一点に釘付けになっていたから。

「……そんなはずないわ、アレがここにあるはずがない」
「アレ、とは」
 即座に神坂が反応した。

 わたしは倫子の、頬に浮かび上がってきたような刺青から目が離せない。
 耳の奥が詰まったかのように音が聞こえない。
 心臓が胸郭を激しくたたく音だけがやけにうるさい。

 アレは子供の頃わたしの頬にあった痣そのものではないか。
 生まれた時から馴染んだアレは、母が惨殺され、わたしも狙われたあの子供の頃に、どこからともなく現れたあの男に、つまみ取られ、きれいになくなったはずの、あの印。

 痣が頬から消えた不思議な話をずっと昔に華蓮にしたことがあった。
 その話を華蓮が覚えていて、それを元に頬にピンクのハートを描くアイデアに変えたのだと、今更ながらに思い当たった。
 華蓮が始めたとき、今日の雑誌をみたときも、アレとそれとは繋がらなかったのに。

「倫子、あんたどこでそれを拾ったのよっ」

 まるで花蓮のような倫子に走り寄り、わたしは夢中でそのスーツの襟を掴んでいた。
 背中に貼り付く汗に濡れたシャツが気持ちわるい。校舎から見下ろす学生の中に何かが紛れ込み、誰かがこちらの隙をじっと狙っているような気がする。
 かつてわたしにあった頬の花びらの痣は、この世のものならざるものを惹きつける目印だと男は言っていなかったか。
 
「クソ! おい、誰だ、撮影の邪魔をする馬鹿は! はやく倫子から、現場から引き放せ」

 怒鳴り声はわたしの耳に遠い。
 倫子は冷ややかにわたしを見下ろしていた。
 その口元には笑顔が貼り付いている。
 わたしの手をひんやりとした手でなぜた。

「拾う? ハートのマークのこと? これはただのペイントよ。カレンと同じ。ちょっとしたアクセントよ。どう? 至近距離でみてもまるで刺青のようにみえるでしょう。ちょっとぶっ飛んだ新米教師にぴったりでしょ? 最後に乱入してくるなんて、水をかぶったのも撮影スタッフの努力も何もかも、櫻木さんのせいで台無しになってしまったわ……」

 急激にめくらましの魔法が解けるかのように、目の前の女は地味な倫子に戻っていく……。
 
「それは呪いの印。今すぐ消しなさいよ。さもないと大変なことになるわ」

 呪いは、倫子のようにあけっぴろげに見せびらかしていいものじゃない。
 わたしは、ずっと、体から浮かび上がる呪いを誰にも打ち明けられないで悩んでいるというのに。
 わたしは背後から幾つもの手で肩や腕をつかまれ、倫子から引き離されたのである。

 

 

 
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