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第6話 顔のない女
53-2、
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鏡表が映すのは、地味な倫子や老婆の顔になり、見知らぬ奥様やキャリアウーマンの顔になる。次々と形を変えていく顔の中には、あどけない子供の顔さえあった。倫子が演技してきた者たちの顔、鏡に倫子が取り込んだ実在した人たちの顔だった。
倫子は鏡に飛びついた。
必死の形相でがたがたと揺れる鏡を全体重をかけて押さえ込む。
「わたしはあなたの主人よ! 従いなさい!わたしが生きている限り、演技の神具として崇め奉り、曇る暇さえないぐらい大事に使ってあげるから!」
鏡は、ある顔で止まった。
どこかなじみのある顔。
目元にほほえみがある。
とびきりの美人というわけではないが、ふと眼をとめ、しげしげと眺めたくなる。
息がつまり、喉がなった。
それは、わたしだった。
「あたしの主人はあんたじゃないわ。ちゃんと、本来の自分の顔になって命令するのならば、従ってあげてもいけれど」
鏡の中の顔がちらちらちわたしの背後の男を伺っている。とても気になるように。
「わたしは、わたしよ! わたしが私じゃなければ一体誰だというの」
「うふふ、違うわよ。それは、昼ドラマの端役で出演したときの、隣家のお姉さんの顔でしょ」
「そんなはずはないわ」
倫子の声が不安に揺れる。鏡を押さえる手が自分の顔に向かった。
眉が怒り、唇が引き結ばれた。
「いえ、これは鬼の姑のときの顔、これは本来のわたしじゃないわ、じゃあ、これだったかしら……?」
先ほどの鏡がいくつも顔を映し出したように、生身の倫子の顔も、雰囲気をがらりと変えていく。
「ほら、倫子は空っぽダよ。元の人格は鏡にすっかり食われて、内側ががらんどうだから、どんなものでも入り込みなりきることができマス」
隣にはいつの間にかサイラスがいる。
サイラスは神坂の結界空間にとらわれるのは二回目か。
「わたしは、わたしを失ってしまったの……?」
倫子は手で顔を覆い、大仰にすすり泣いた。
再び顔を上げたとき、涙の筋は一本もなく頬は乾いている。
「そうだわ、元の取るに足りないわたし自身がわからなくなっても別にかまわないわ。鏡が写した人格を、皆が熱狂したキャラクターを、わたりあるけばいいだけじゃない。そうでしょう?」
倫子は鏡をひろいあげ、ふたたび対峙する。
泥粘土で試行錯誤しながら形を作るように、倫子の顔がゆがみ引き延ばされ縮まり、斜めにのばされる。次第に作り上げられていく顔は、よく知っている顔。わたしの顔。
倫子だったわたしの顔が、神坂をみつめた。
倫子は鏡に飛びついた。
必死の形相でがたがたと揺れる鏡を全体重をかけて押さえ込む。
「わたしはあなたの主人よ! 従いなさい!わたしが生きている限り、演技の神具として崇め奉り、曇る暇さえないぐらい大事に使ってあげるから!」
鏡は、ある顔で止まった。
どこかなじみのある顔。
目元にほほえみがある。
とびきりの美人というわけではないが、ふと眼をとめ、しげしげと眺めたくなる。
息がつまり、喉がなった。
それは、わたしだった。
「あたしの主人はあんたじゃないわ。ちゃんと、本来の自分の顔になって命令するのならば、従ってあげてもいけれど」
鏡の中の顔がちらちらちわたしの背後の男を伺っている。とても気になるように。
「わたしは、わたしよ! わたしが私じゃなければ一体誰だというの」
「うふふ、違うわよ。それは、昼ドラマの端役で出演したときの、隣家のお姉さんの顔でしょ」
「そんなはずはないわ」
倫子の声が不安に揺れる。鏡を押さえる手が自分の顔に向かった。
眉が怒り、唇が引き結ばれた。
「いえ、これは鬼の姑のときの顔、これは本来のわたしじゃないわ、じゃあ、これだったかしら……?」
先ほどの鏡がいくつも顔を映し出したように、生身の倫子の顔も、雰囲気をがらりと変えていく。
「ほら、倫子は空っぽダよ。元の人格は鏡にすっかり食われて、内側ががらんどうだから、どんなものでも入り込みなりきることができマス」
隣にはいつの間にかサイラスがいる。
サイラスは神坂の結界空間にとらわれるのは二回目か。
「わたしは、わたしを失ってしまったの……?」
倫子は手で顔を覆い、大仰にすすり泣いた。
再び顔を上げたとき、涙の筋は一本もなく頬は乾いている。
「そうだわ、元の取るに足りないわたし自身がわからなくなっても別にかまわないわ。鏡が写した人格を、皆が熱狂したキャラクターを、わたりあるけばいいだけじゃない。そうでしょう?」
倫子は鏡をひろいあげ、ふたたび対峙する。
泥粘土で試行錯誤しながら形を作るように、倫子の顔がゆがみ引き延ばされ縮まり、斜めにのばされる。次第に作り上げられていく顔は、よく知っている顔。わたしの顔。
倫子だったわたしの顔が、神坂をみつめた。
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