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第6話 顔のない女
53、神獣鏡②
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「尊敬していた人に裏切られるつらさをあなたはわからないのね」
こんなひとに心酔していた華蓮は憐れだ。
「……ふむ、興味深いものを持っているな。いにしえの神獣鏡、妖気を帯びている。長く存在し、崇められてきたために、人格を得て、付喪神となったか。その鏡に魅入られたか、しかも正統な持ち主でもないときている」
冷ややかな声に、わたしを強く抱きしめていた両腕が緩んでいた。
それまで意識の端にも存在していなかったセミの鳴き声が、一斉に引き潮の波のように遠くへと引いていく。
わたしの足は泥濘にとらわれたかのように動けない。
あまりにも自然に、静かに場がすり替わっていく。普段よく知っている世界とはまた異なる結界が、この場を閉じ込めた。
この場の中心にいるのは、あの男。
それは、神坂晴海の姿でわたしのすぐそばにあった。
顔を確認しなければならないと思うのに首を回すことができない。小指も動かせない。本能が、ぴくりと動くことさえ拒絶する。
周囲の異様な変化に、倫子も時が止まったかのように動かなくなった。
しかし、固まった倫子の替わりに、鏡の中の地味な倫子がしゃべり出す。
「あたしはね、ずっと箱に閉じ込められ、応接室の引き出し奥に忘れ去られていたの。南野武は第六感はものすごくいいのだけど、手に入れるだけで満足するタイプだった。鏡はこんなに美しくて、力があるのに。あたしの能力を、有効に活用できる人が持っていた方がいいに決まっているでしょ? だから、誰もいなくなった応接室の引き出しを開けてあたしを見つけ、あそこからだしてくれて、そっと鞄にしまい、恵子さまの家を出たとき、歓喜に打ち震えたわ!」
「一体なにをいいだすの」
鏡の中の自分を黙らせようとして、倫子は悲鳴をあげた。
背面の、鏡を結びつけた紐から炎があがったのだ。
炎は紐をじりじりと紐を伝わりあがり、顔へと近づいていく。
倫子は半乱狂となり、燃える紐から頭を抜き投げ捨てた。
空中で派手に赤い炎が立のぼり、一瞬で紐が燃やし尽くされ灰となる。
紐から解き放たれた神獣鏡は、派手な音を立てわたしたちの真ん中の足下にぶつかり、その場でカタカタと回って止まった。
さきほどまでわたしが突っ伏していたテーブルも、倫子が坐っていた椅子も、この場から消えている。
鏡の磨面は、天を向いていた。
こんなひとに心酔していた華蓮は憐れだ。
「……ふむ、興味深いものを持っているな。いにしえの神獣鏡、妖気を帯びている。長く存在し、崇められてきたために、人格を得て、付喪神となったか。その鏡に魅入られたか、しかも正統な持ち主でもないときている」
冷ややかな声に、わたしを強く抱きしめていた両腕が緩んでいた。
それまで意識の端にも存在していなかったセミの鳴き声が、一斉に引き潮の波のように遠くへと引いていく。
わたしの足は泥濘にとらわれたかのように動けない。
あまりにも自然に、静かに場がすり替わっていく。普段よく知っている世界とはまた異なる結界が、この場を閉じ込めた。
この場の中心にいるのは、あの男。
それは、神坂晴海の姿でわたしのすぐそばにあった。
顔を確認しなければならないと思うのに首を回すことができない。小指も動かせない。本能が、ぴくりと動くことさえ拒絶する。
周囲の異様な変化に、倫子も時が止まったかのように動かなくなった。
しかし、固まった倫子の替わりに、鏡の中の地味な倫子がしゃべり出す。
「あたしはね、ずっと箱に閉じ込められ、応接室の引き出し奥に忘れ去られていたの。南野武は第六感はものすごくいいのだけど、手に入れるだけで満足するタイプだった。鏡はこんなに美しくて、力があるのに。あたしの能力を、有効に活用できる人が持っていた方がいいに決まっているでしょ? だから、誰もいなくなった応接室の引き出しを開けてあたしを見つけ、あそこからだしてくれて、そっと鞄にしまい、恵子さまの家を出たとき、歓喜に打ち震えたわ!」
「一体なにをいいだすの」
鏡の中の自分を黙らせようとして、倫子は悲鳴をあげた。
背面の、鏡を結びつけた紐から炎があがったのだ。
炎は紐をじりじりと紐を伝わりあがり、顔へと近づいていく。
倫子は半乱狂となり、燃える紐から頭を抜き投げ捨てた。
空中で派手に赤い炎が立のぼり、一瞬で紐が燃やし尽くされ灰となる。
紐から解き放たれた神獣鏡は、派手な音を立てわたしたちの真ん中の足下にぶつかり、その場でカタカタと回って止まった。
さきほどまでわたしが突っ伏していたテーブルも、倫子が坐っていた椅子も、この場から消えている。
鏡の磨面は、天を向いていた。
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