神さまの寵愛も楽じゃない

藤雪花(ふじゆきはな)

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第6話 顔のない女

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「晴海? 神坂の所有物ですって? あんな石川恵子さまに気に入られただけで後を全部引き継いだ紐男に、管理する資格なんてありゃしないわ!」

 いまいましく倫子は吐き捨てる。
 紐男って、その通りすぎて笑えた。
 倫子は南野武のコレクションに興味があっただけで、神坂に特別興味があるわけではなかったようだ。

「これは、たまたま南野武が骨董市で埃をかぶっているがらくたの中から見つけたものらしいけど、一目見てわたしは直感したわ! これは1000年は遡る、時や場合によってはご神体として神社の奥に据えられていてもおかしくない代物なのよ。この鏡は、所有者の願いを叶えてくれる。鳴かず飛ばずだったわたしがこれを手に入れてから、どんどん運が開けていった。きっと、石川恵子だってこれを使って役作りをしたのに違いないわ」

 倫子は頬を上気させ饒舌だった。
 部屋の外の怒鳴り声はやんでいる。
 彼女の背後の扉が開き、神坂とサイラスが入ってきたことにも気がついていないのか。
 もっと語らせろと神坂がわたしに合図する。

「鏡が役作りのために役立つって、どういうこと? まるで華蓮のような教師の役作りも、その鏡を使って……? そんなことがあるわけがないじゃない。妄想や思い込みでなりきれるというのも才能だと思うけれど」

 うっとりと鏡を眺めていた倫子は顔を上げた。
 その目は洞穴のようだ。
 底なしの闇がその奥に広がっている。
  
「役柄に合いそうな人をみつけたら、その姿を鏡に取り込むのよ。カレンを写して彼女を取り込んだ。鏡に取り込まれた彼女の像をわたしに反射させる。そうして、わたしはカレンそのものとして、演技ができるの」
「仕掛けてくるぞ、鏡を見るなっ」

 神坂が警告を発するのと、倫子が行動したのはほぼ同時だった。
 倫子は胸元に構えた鏡をゆっくりとひっくり返していく。
 見るなといわれてももう遅い。
 さきほどまで熱心に倫子がのぞき込んでいたそれに、自然と視線が吸い込まれた。

 それはどす黒い沼に油がうっすらと張った水面のように、てらてらとぬめっていた。窓からの光を集め、不意に一直線に私の眼を焼いた。
 太陽を直視できないように、眩しすぎて目を開けていられない。
 からだの中を眼から取り込んでしまった光が、おちこち激しくぶつかりあいながら、猛烈に駆け巡っているような感覚。

「駄目だ」と、熱い手がわたしの両目をふさぐ。そのまま強引に着物の胸元に強く頭を押しつけられた。
 一瞬のことだった。
 鏡との繋がりが断ち切られた。
 わたしは神坂の胸にしがみついた。
 恐怖に心臓が爆走している。吐きそうだ。

 「……本当に興味深いわ。あなたたちの関係。互いに想い合っているようなのに、まどろっこしいぐらいに進んでいない。彼女の方に何か、トラウマか何かがあるのかしら? 恋と煩悶、使える。恋に臆病な女子って、オファーが来ている役柄とぴったりあうの。掃除の時からあなたのことずっと気になっていたのよ。ちゃんと鏡に取り込めたわ。そんなに動揺しないで、安心して。あなたの気持ちを盗んだわけじゃない、ただその恋心と煩悶の気持ちを写し取っただけだから。カレンもあんなに怒らなくてもいいのに。彼女もその美貌も何も、実際に奪われたわけじゃないのだから」


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