神さまの寵愛も楽じゃない

第6話 顔のない女

54、神獣鏡③

　わたしの顔をした倫子がわたしの横を抜けた。
　どんな役柄でもこなせるように鍛えているのだろう、そのしなやかな腕が、神坂の首に巻き付けられる。
　倫子はさらに薄着の胸を押しつけ、顔を首筋にすり付けた。
　神坂は振り払おうとはしない。
　わたしの顔だから？
　それは良かったというのか、そうじゃないのか。
　
「わたしのことをミナって呼んでもかまわないわ。実際、わたしはミナなんですもの。だから……ここを出て、撮影が終わったら、今夜伺ってもいい？」

　そんなこと考えてもしょうがないけれど、わたしの身体に、もし、なんの問題もなかったのなら。倫子のように積極的に、ちゃんと告白して、わたしから誘いかけたり、心を決めて彼の家にいくこともできたのだろうか。
　心の底では、神坂がわたしの身体を見て拒絶するとは思っていない。だけど、それを確かめる機会は一生訪れないような気がした。
　わたしは、拒絶されるかもという恐怖に臆病だ。
　わたしの核とでもいうかのような、魂というものがあるのだとしたら、そこに刻みこまれた苦しみや呪いを、神坂に赤裸々に晒す勇気がないのだ。
　倫子がわたしの顔をして、神坂と関係をもつのならば同じ顔した女はふたりもいらない。
　わたしはこうして、トラウマを後生大事に抱え、誰にも愛されない一生を過ごすのだと思うと、みじめだった。
　なすすべなく傍観するしかないのが本当に悔しくてたまらない。
　映画から排除された華蓮の苦しみを、我が身の事として感じた。
　だからといって、倫子を神坂から引き離して、倫子がわたしの顔をしてやろうとしたことの続きをわたし自身が行う勇気は、わたしにはないのだけれど。

「……ミナ、それでいいのデスか？」
　良いはずがないじゃない。

「……お前が美奈の替わりに？」
　身体の芯を凍らせるような、冷笑。
　唇をおしつけていた女はその場で固まった。
　倫子は狙った男の、身体の奥深くから欲望が燃え上がりはじめる気配がないことに気がついた。

「アレは、己を安売りをすることはない。気高き娘だ。鏡よ、俺を籠絡するつもりなら、表層だけじゃなく、魂そのものまでまるごと写し取らねばならぬだろう」

　神坂の首に回した倫子の右手の鏡が映し出している顔は、美奈のままで、不快さを吐き出した。