神さまの寵愛も楽じゃない

藤雪花(ふじゆきはな)

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第6話 顔のない女

54-2、

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 鏡の顔には、わずかに不安が見え隠れする。
 
「そっくりなだけだと足りないって言うの? 人間の魂なんて代わり映えしないものばかりじゃない。ハタチそこそこの娘の記憶だって、戦争や天変地異に見舞わなければ、似たり寄ったりのどんぐりでしょ。……美奈の、高校生のころは……うわあ? あはっ。そりゃトラウマになるわ。それから、な、なにコレ、あんた、子供のころ……、なんて呪いを掛けられているのよ、一体いつ誰に。もっともっと深くに潜り込めば……、あたしにどこまで見させるっていうの? この記憶は現世でもなく、過去生? ほんとうにどこまで……、興味深いわ……」
 
 固まったままの倫子の手のなかで、鏡はこまかく震え、騒ぎたて、ひとり興奮している。 
 神坂はようやく倫子から距離を取った。


「なんと騒々しいことよ。美奈、そんないいものをもっているのなら、それで封印するという手もある」
「……封印?」

 わたしの手はずっと服の上からそれに触れていた。ポケットの中から引き出した。
 あの日、神坂の館から持ち帰ってしまっていた誰にも開けられない寄木細工の小箱。表に描かれた寄木の色合いは、青、白、朱、黒。

「青龍、白虎、朱雀、玄武……!?」

 ようやく気が付いた。
 その色は方位を司る神獣を現していたのだ。神獣鏡の背面と同じ配置である。

「……これは神獣鏡のために、最近になって、後から誂えられたものなのね」
「その通り」
「ちょっと、南野の家に残してきたものが、どうしてここにあるのよ! お願い、開けないで。どうせ開けられないのだから」

 神獣鏡の顔は、もう美奈ではなかった。
 黒髪の長い、古風な顔立ちの知らない女の顔で懇願する。
 左の手のひらに乗せれば、箱の親指と人差し指の当たるところに両サイドにわずかな出っ張りがあった。
 図柄に紛れて気が付かなかった。
 同時に押した。正面の側面がスライドし、隙間ができた。
 親指を引っかけた。
 するとあれだけいじっても開かなかった小箱は、閉じ合わされた二枚貝が口をひらくように、ぱかんと小気味よい音を立てて開いた。
 内側には真綿を詰めた真っ赤なシルクの布が敷かれている。その真ん中は丸く鏡の形にくぼんでいる。
 そこへ横たわれば、そのまま寝入ってしまいそうな特性ベッドだ。


「それをあたしに向けないで! 向けたら恨んでやる!」
「……ただ、向けたらいいのね」

 開いた口を、鏡にむけた。
 倫子の指の間から、震えながら神獣鏡はすり抜け、飛び出した。

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