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第6話 顔のない女
55-2、
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神坂はいつ戻ってくるのだろう。
連絡もせずに訪問したのは悪いとは思うけれど、あらためて連絡して訪れるのも気恥ずかし過ぎる。
自分の決して明かしたくない秘密を、神坂と共有する。
あの男がいう通り、己の醜さを自分の一部として受け入れられない限り、深く愛されないのではないかと思う。
「……ミナは悪夢をまだ抱えているのデスか? 僕が解決してあげられるかもしれないヨ」
待ちくたびれて、まるで自室のようにソファにもたれ、古い雑誌の石川恵子と南野武のインタビュー記事をめくっていたところ、縁側から入ってきたサイラスが背後から顔を突き出した。
雑誌をわたしの手から抜き取った。
「どうやって?」
サイラスもあの場にいた。
あのときのことを話してはいないけれど、わたしが抱える問題を知っている。
「初めてのときにトラウマになって、そのまま何のケアも受けていないのならば、恐怖は増長しまっているヨ。実際には、そんなにたいしたことがないということもよくあることデス。しょうもない男デス」
どこまでも根明な碧眼だと思っていたが、縁側を背にして濃く、深く、落ち着いた陰りを帯びていた。憂いを帯びた真剣な目から、視線を離せない。整った鼻筋、薄い唇。草原で生きる野生の動物を思わせる、汗のにおい。
普段、なついてくるサイラスはかわいい後輩だが、男である。
眉をよせてわたしのトラウマになった男を非難する。
「わたしのトラウマを解決してくれるっていうの? これは、なんでも屋の神坂の範疇にはいるのかも。わたしは醜い……」
わたしの言葉は、強い目線で遮られた。
「ミナが自分の何を醜いと言っているのか僕にはわからないケド、嫌な思い出が引き金になっているのなら、それを取り除けばイイ」
「以前したように……?」
「以前は、悪夢の正体を暴いたヨ。正体がわからナイと恐怖は膨れ上がるから」
「……今回は?」
「ミナの過去の記憶を、何度も思い返すうちに悪夢化した記憶を、いい思い出に変換する」
わたしは身震いした。
好きだった男の、汚ならしいものをみたように、顔を歪め腕をつっぱり引き離されたあのときのことは、神坂と進もうと決意するたびに、何度も何度も思いだされている。
もし、あの悪夢が別のものに書き換えることができるのならば。
「絶対に無理よ」
「僕に任せて」
「いくら払えばいいの」
サイラスは神坂の仕事を手伝っている。バイト料ももらっている悪夢解決のプロといえる。
「キスで」
サイラスの紺碧の目は、わたしの目の奥の記憶を探るように妖しく揺れた。
いつの間にかサイラスはわたしの前にまわり、わたしの横に膝をつく。
ソファが軋む。
サイラスの唇がわたしの唇に触れた。
連絡もせずに訪問したのは悪いとは思うけれど、あらためて連絡して訪れるのも気恥ずかし過ぎる。
自分の決して明かしたくない秘密を、神坂と共有する。
あの男がいう通り、己の醜さを自分の一部として受け入れられない限り、深く愛されないのではないかと思う。
「……ミナは悪夢をまだ抱えているのデスか? 僕が解決してあげられるかもしれないヨ」
待ちくたびれて、まるで自室のようにソファにもたれ、古い雑誌の石川恵子と南野武のインタビュー記事をめくっていたところ、縁側から入ってきたサイラスが背後から顔を突き出した。
雑誌をわたしの手から抜き取った。
「どうやって?」
サイラスもあの場にいた。
あのときのことを話してはいないけれど、わたしが抱える問題を知っている。
「初めてのときにトラウマになって、そのまま何のケアも受けていないのならば、恐怖は増長しまっているヨ。実際には、そんなにたいしたことがないということもよくあることデス。しょうもない男デス」
どこまでも根明な碧眼だと思っていたが、縁側を背にして濃く、深く、落ち着いた陰りを帯びていた。憂いを帯びた真剣な目から、視線を離せない。整った鼻筋、薄い唇。草原で生きる野生の動物を思わせる、汗のにおい。
普段、なついてくるサイラスはかわいい後輩だが、男である。
眉をよせてわたしのトラウマになった男を非難する。
「わたしのトラウマを解決してくれるっていうの? これは、なんでも屋の神坂の範疇にはいるのかも。わたしは醜い……」
わたしの言葉は、強い目線で遮られた。
「ミナが自分の何を醜いと言っているのか僕にはわからないケド、嫌な思い出が引き金になっているのなら、それを取り除けばイイ」
「以前したように……?」
「以前は、悪夢の正体を暴いたヨ。正体がわからナイと恐怖は膨れ上がるから」
「……今回は?」
「ミナの過去の記憶を、何度も思い返すうちに悪夢化した記憶を、いい思い出に変換する」
わたしは身震いした。
好きだった男の、汚ならしいものをみたように、顔を歪め腕をつっぱり引き離されたあのときのことは、神坂と進もうと決意するたびに、何度も何度も思いだされている。
もし、あの悪夢が別のものに書き換えることができるのならば。
「絶対に無理よ」
「僕に任せて」
「いくら払えばいいの」
サイラスは神坂の仕事を手伝っている。バイト料ももらっている悪夢解決のプロといえる。
「キスで」
サイラスの紺碧の目は、わたしの目の奥の記憶を探るように妖しく揺れた。
いつの間にかサイラスはわたしの前にまわり、わたしの横に膝をつく。
ソファが軋む。
サイラスの唇がわたしの唇に触れた。
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