神さまの寵愛も楽じゃない

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
126 / 134
第6話 顔のない女

55-2、

しおりを挟む
 神坂はいつ戻ってくるのだろう。
 連絡もせずに訪問したのは悪いとは思うけれど、あらためて連絡して訪れるのも気恥ずかし過ぎる。
 自分の決して明かしたくない秘密を、神坂と共有する。
 あの男がいう通り、己の醜さを自分の一部として受け入れられない限り、深く愛されないのではないかと思う。
 

「……ミナは悪夢をまだ抱えているのデスか? 僕が解決してあげられるかもしれないヨ」

 待ちくたびれて、まるで自室のようにソファにもたれ、古い雑誌の石川恵子と南野武のインタビュー記事をめくっていたところ、縁側から入ってきたサイラスが背後から顔を突き出した。
 雑誌をわたしの手から抜き取った。

「どうやって?」

 サイラスもあの場にいた。
 あのときのことを話してはいないけれど、わたしが抱える問題を知っている。

「初めてのときにトラウマになって、そのまま何のケアも受けていないのならば、恐怖は増長しまっているヨ。実際には、そんなにたいしたことがないということもよくあることデス。しょうもない男デス」

 どこまでも根明な碧眼だと思っていたが、縁側を背にして濃く、深く、落ち着いた陰りを帯びていた。憂いを帯びた真剣な目から、視線を離せない。整った鼻筋、薄い唇。草原で生きる野生の動物を思わせる、汗のにおい。
 普段、なついてくるサイラスはかわいい後輩だが、男である。
 眉をよせてわたしのトラウマになった男を非難する。

「わたしのトラウマを解決してくれるっていうの? これは、なんでも屋の神坂の範疇にはいるのかも。わたしは醜い……」

 わたしの言葉は、強い目線で遮られた。

「ミナが自分の何を醜いと言っているのか僕にはわからないケド、嫌な思い出が引き金になっているのなら、それを取り除けばイイ」
「以前したように……?」
「以前は、悪夢の正体を暴いたヨ。正体がわからナイと恐怖は膨れ上がるから」
「……今回は?」
「ミナの過去の記憶を、何度も思い返すうちに悪夢化した記憶を、いい思い出に変換する」

 わたしは身震いした。
 好きだった男の、汚ならしいものをみたように、顔を歪め腕をつっぱり引き離されたあのときのことは、神坂と進もうと決意するたびに、何度も何度も思いだされている。
 もし、あの悪夢が別のものに書き換えることができるのならば。

「絶対に無理よ」
「僕に任せて」
「いくら払えばいいの」

 サイラスは神坂の仕事を手伝っている。バイト料ももらっている悪夢解決のプロといえる。

「キスで」

 サイラスの紺碧の目は、わたしの目の奥の記憶を探るように妖しく揺れた。
 いつの間にかサイラスはわたしの前にまわり、わたしの横に膝をつく。 
 ソファが軋む。
 サイラスの唇がわたしの唇に触れた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...