神さまの寵愛も楽じゃない

番外編2 一度死んだ男

3、

「……この者は、諦めるのが早くないか？　人というものは最後の瞬間まで無駄にあがらうところが面白いというのに」
「生きる意欲というものがもともと薄いのでございましょう、みるからに幸薄そうな、内側からあふれ出る生命力というものが、元々感じなさそうな、男の子でございますなあ」

　誰かが会話していていた。
　会話の話題となっているのが、自分のことであるならばひどく悪趣味な奴らである。

「臓の腑がすこしこぼれているが、ふむ、幸い切断されているわけではなさそうだ。運がいい」

　ぐるぐると獣が喉の奥で笑う。

「多少、血が流れ出たとはいえ、今の医療は外傷の治療は過去最も優れているといえよう。もうじき、誰かが助けを呼んでくれよう、古き社の神がそなたを助けようとしてくれている。だがしかし……」
「生きようという気力がなければ、肉体は、空気の抜けた毬と同じ。いくら外見が繕われても、毬としては蹴飛ばして遊べませぬな」
　さも残念そうなダミ声。

　毬よりも風船のほうが例えとしてよいのではないか。
　自分を見下ろし、見下し、人の死を他人事として楽しむようなその非常識さに呆れるが、文句を言おうにも口からは息が漏れるだけけ。
　最期の力を振り絞り、わずかに開いた目には、絵巻物から抜け出してきたのではないかと思える白銀の衣をまとう美貌の男と、燃えたつような白い毛で覆われた琥珀色の眼をもつ大きな犬が、血を吸う砂利石の上に、音も立てずに己の顔をのぞき込んでいるのがくっきりと見えた。

　ひんやりとした手が晴海の顔に触れた。
　なにか強烈な光が流れ込むような感覚。
　だがその感覚もすぐに曖昧模糊となり、留めておくことはできない。
　濁流、刃、戦、濁流、駆け巡る時の流れ……。
　それは神だった。
　水と戦に関係する神なのか。
　そんな漠然としたイメージが浮かぶ。

「……逝くのか。誰かを愛し愛されること、その望みを叶えるためになにひとつ努力もせず、人が人たるになす、喜びも悲しみにもその身をひたさず、誰かの記憶の片隅にもずっと残ろうと願うこともなく、それでいいというのか」
「主様、もう意識は肉体を放棄しておりますゆえ、肉体の死は免れませぬ。ここに来たのも、禍々しき気が集まっている神社ゆえ、その原因を確認しにきただけでございましょう」
「多少損なわれているが、がらんどうの、完璧な器ではないか？」
「主様、いったいどうするおつもりで……？」