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番外編2 一度死んだ男
4、一度死んだ男 完
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白犬の問いかけに含まれた不安を、美貌の男は意に介さない。
「なぜに、人は誰かを愛することにはかない命を燃やし尽くせるのだろう」
「それは、はかないからこその特権でしょう。我々のような存在には、慈しむことや苛むことは、時間潰しの遊戯のひとつにすぎませぬ」
「遊戯に過ぎぬわけだが……」
「主さま、その壊れた肉体をどうするおつもりで? がらんどうだからといってその肉体に入り込もうとしているのならば、自ら脆弱な肉体に封印されるのも同じ。同化の具合によっては肉体の死と共にあなた様の自身も存在を失うこともありえますぞ」
ドスをきかせた低い唸り声。
「大げさよの。心配無用。我を失うような、そのようなことはあり得ぬ。だがしかし、」
「だがしかし!?」
「この者、わたしとよく似た相貌をしていると思わぬか? 受け入れるに足りるほどの霊性も備えている。まさしく、わたしのために用意されたかのような、写し身のような」
「だからこその、封印であり融合であり、消滅ではありませんか!」
白犬は悲愴な声で吠えた。
白銀の衣に噛みついた。
だが、貫き通した布地はほろほろと崩れていく。
神坂晴海が目覚めたのは病院で、的確な処置が行われたために三週間で退院することができた。しかしながら、晴海は自分の名前も、両親も兄もわからない。
記憶のすべてを失っていたために、一から神坂晴海としての生活のすべてを覚えなおさなければならなかった。
聞かされる全てが、誰か別の人生のようだった。
見舞に来てくれた女子と付き合った。
キスもして、肌も重ねた。初めてだと思ったが、興奮する体とは裏腹にどこか覚めた眼でみるもうひとりの自分がいた。
その子と一緒に帰っているときに、今の君と同じようにふと背後を振り返ることもあったよ、神坂くんは前から目に見えぬ気配に敏感だったよ、そんなところは変わらないね、と指摘されたときやはり自分は神坂晴海だと納得したのである。
神社にはいつの間にか白犬が住みついていた。
誰にも懐かず、いなくなったと思ったら、汚れた姿でふらりと舞い戻る。
事件前の日課である境内の掃除をそのまま引き継ぎいだ晴海は、じっと自分を見つめる白犬の、どこか非難めいた視線に気が付いた。晴海のやる残飯だけは、気が向けば食べているようだった。
白犬は神の使いではないか、と兄に思いきっていったとき、大いに笑われて傷ついたのだけれど。
自分が何者なのか、ほんとうに皆がいうように神坂晴海なのか、という折に触れて耐え難く沸き起こる疑問は、白犬を目にする頻度と連動しているかのようで、次第に間隔が空いていき、1ヶ月に一度、一年に一度となっていく。
主様は、あれだけ焦がれておられた人間とのまぐわいも、そう楽しそうには見えませぬなあ。相手もそうころころと替えてみても、どうも、燃えませぬなあ。
そのお体では、いや神である主さまには、とるに足りぬ人間を愛することなど、無理なことなのかもしれませぬ。
あの娘はいつも際立つ生きざま、死にざまで主様の退屈を無聊してきたから、あの娘にその体でお会いなさるのがよろしいのでは?
それとも、主様が人間であるうちに、ワシがまるごと食ってしまおうか。そうすれば、主さまに成り変わり、ワシこそが神格をこの身にそなえ、犬神となれよう。
あやかしどもは恐れおののき……。
ひたりと迫る気配に、晴海は振り返りざまに手にした真剣でなぎ払った。
真剣は頭の中に描いたイメージにすぎないものであったが。何もないのに、かすったかのような手応えがあった。
うるさく鳴いていた風が凪いだ。
番外編2 完 一度死んだ男
「なぜに、人は誰かを愛することにはかない命を燃やし尽くせるのだろう」
「それは、はかないからこその特権でしょう。我々のような存在には、慈しむことや苛むことは、時間潰しの遊戯のひとつにすぎませぬ」
「遊戯に過ぎぬわけだが……」
「主さま、その壊れた肉体をどうするおつもりで? がらんどうだからといってその肉体に入り込もうとしているのならば、自ら脆弱な肉体に封印されるのも同じ。同化の具合によっては肉体の死と共にあなた様の自身も存在を失うこともありえますぞ」
ドスをきかせた低い唸り声。
「大げさよの。心配無用。我を失うような、そのようなことはあり得ぬ。だがしかし、」
「だがしかし!?」
「この者、わたしとよく似た相貌をしていると思わぬか? 受け入れるに足りるほどの霊性も備えている。まさしく、わたしのために用意されたかのような、写し身のような」
「だからこその、封印であり融合であり、消滅ではありませんか!」
白犬は悲愴な声で吠えた。
白銀の衣に噛みついた。
だが、貫き通した布地はほろほろと崩れていく。
神坂晴海が目覚めたのは病院で、的確な処置が行われたために三週間で退院することができた。しかしながら、晴海は自分の名前も、両親も兄もわからない。
記憶のすべてを失っていたために、一から神坂晴海としての生活のすべてを覚えなおさなければならなかった。
聞かされる全てが、誰か別の人生のようだった。
見舞に来てくれた女子と付き合った。
キスもして、肌も重ねた。初めてだと思ったが、興奮する体とは裏腹にどこか覚めた眼でみるもうひとりの自分がいた。
その子と一緒に帰っているときに、今の君と同じようにふと背後を振り返ることもあったよ、神坂くんは前から目に見えぬ気配に敏感だったよ、そんなところは変わらないね、と指摘されたときやはり自分は神坂晴海だと納得したのである。
神社にはいつの間にか白犬が住みついていた。
誰にも懐かず、いなくなったと思ったら、汚れた姿でふらりと舞い戻る。
事件前の日課である境内の掃除をそのまま引き継ぎいだ晴海は、じっと自分を見つめる白犬の、どこか非難めいた視線に気が付いた。晴海のやる残飯だけは、気が向けば食べているようだった。
白犬は神の使いではないか、と兄に思いきっていったとき、大いに笑われて傷ついたのだけれど。
自分が何者なのか、ほんとうに皆がいうように神坂晴海なのか、という折に触れて耐え難く沸き起こる疑問は、白犬を目にする頻度と連動しているかのようで、次第に間隔が空いていき、1ヶ月に一度、一年に一度となっていく。
主様は、あれだけ焦がれておられた人間とのまぐわいも、そう楽しそうには見えませぬなあ。相手もそうころころと替えてみても、どうも、燃えませぬなあ。
そのお体では、いや神である主さまには、とるに足りぬ人間を愛することなど、無理なことなのかもしれませぬ。
あの娘はいつも際立つ生きざま、死にざまで主様の退屈を無聊してきたから、あの娘にその体でお会いなさるのがよろしいのでは?
それとも、主様が人間であるうちに、ワシがまるごと食ってしまおうか。そうすれば、主さまに成り変わり、ワシこそが神格をこの身にそなえ、犬神となれよう。
あやかしどもは恐れおののき……。
ひたりと迫る気配に、晴海は振り返りざまに手にした真剣でなぎ払った。
真剣は頭の中に描いたイメージにすぎないものであったが。何もないのに、かすったかのような手応えがあった。
うるさく鳴いていた風が凪いだ。
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