神さまの寵愛も楽じゃない

藤雪花(ふじゆきはな)

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第1夜 むかあし、昔

2、

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「ばあば、醜くなったお姫さまは死んじゃったの?魂に呪いをかけられるってどういうことなの?」
 女の子はべそをかき、ばあばにしがみついた。
 必死な様子にばあばは満足げな笑みをうかべ、物語を続けた。



 ……あくる朝。
 かつて美貌の姫だった肉の塊は、早朝のお勤めに庭に出た豪商の背中の丸い下男によって、汚ならしいものを扱うように扱われ、桜の花びらが貼りついたまま山に残飯とともに投げ捨てられた。

 忽然と姿を消した娘の行方を捜して大騒ぎになった。
 翌日は輿入れの日であったから、人さらいなのか自ら失踪したのか、とにかく忽然と消えてしまったことを、商家の義父母たちは隠し通すことはできなかった。
 村も総出となり、都から派遣された祈祷師も、みんな血眼となり姫を探す。
 艶やかで美しかった髪の毛の一筋をみたとも、妙齢の女性を連れた一行がいるともなんとも、その足取りをつかめるものは誰もいなかった。
 豪商宅に用意された多大な懸賞金を受け取りに上がるものはいなかった。
 神隠しにあい、悪鬼に食われたのだとささやかれるようになる。
 ひと月たち、三月たち、月日が流れていくにつれて、行方の知れぬ娘の噂をするものはいなくなる。
 季節が一巡するころには、帝はあらたな美貌の娘を女御に迎え、御子も生まれ、春の陽気におめでたさが加わった。
 美奈という美しい娘がこの世に存在していたことを、誰も、思い出すことはなかったのである。


 その美奈は。
 山に乱暴に投げ捨てられたとき、枯れ葉に半分埋まった。
 日に日に増していく腐敗臭に人々は鼻をつまみ、顔をしかめた。
 悪態をつき、悪臭ただよう山道を避けた。

 一方で、芳しい血と肉の匂いに気が付いたものたちがいた。
 四つ足の獣が、大きなくちばしをもった鳥が、羽音を響かせる虫たちが、地を這う爬虫類が、ひっきりなしにやってきては、彼らの腹へと収まっていく。

 固い骨や、ウジ虫たちが残した残物や美奈を食した生き物たちがひねりだした汚物は、やがてキノコの菌や微生物がその苗床となる。
 天から降ってきた肉の塊は、幾百幾千の生き物たちにとってまさに僥倖で、滋養豊かな大地の恵として歓迎され受け入れられたのである。

 美奈であったものは、骨片の欠片まで分解されながら、なおもそこに留まっていた。
 幾星霜が過ぎる頃、枝に花芽をつける頃に、とうとう美奈であったことを手放した。

 再び月日は巡る。
 それに意識がめばえたのは、土のなかであった。
 必死で起きている大半の時間を、目の前にあるものを口にしては吐き出しつづけていた。
 美奈は、ミミズであった。
 それもミミズの基準からしてみれば、とんでもなく醜いミミズであった。
 なぜなら普通のミミズならば白っぽい色が地肌の色なのに、鮮やかな桜色の斑ミミズだったからだ。

 桜色のミミズは仲間からは醜いヤツと毛嫌いされた。
 一方で、植物たちは、彼らが栄養にできない大きな土の中の葉を噛み砕いて、吸収しやすい大きさにまでこなし、なおかつ、空気の道を沢山つくってくれるミミズの美奈に、ほかのミミズと分け隔てなく感謝した。
 美奈はそれがうれしくて、ほかの仲間たちが嫌がる固い道を歩き回って耕した。
 美奈は、その地に根ずく植物たちに愛された。


 あるとき美奈は、蝶であった。
 サナギから羽化した時に、不幸な事故があった。
 綺麗に伸ばされるはずの羽が、枝につっかえて片方だけはぴんと伸ばしきれなかった。
 同じ夜に羽化した仲間たちは空をひらりひらりと優雅に舞う。



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