7 / 134
第1夜 むかあし、昔
2-2
しおりを挟む
飛び立とうとしては落ち、また枝を伝いのぼり、大空めざして飛んでは墜落することを、何度も何度も繰り返す。
彼らは飛べない美奈をバカにした。
美奈はふわりと浮かび、優雅に舞う自分の姿を思い描いた。
必死で曲がった羽をばたつかせる。
蝶は、蝶として生まれたときには飛べるようにできているはずだった。
己の動かない羽に絶望した。
もう、仲間のすがたは見当たらない。
彼らは恋のダンスを踊っていた。
踊れない美奈は見捨てられたのだった。
そのとき、鎌を怪我したカマキリが美奈ににじり寄り、美奈がむなしく羽ばたかせて生じさせる風圧を避けながら、おそるおそる声をかける。
「腹がへって死にそうだ。お前なら、この使えない鎌でも捕まえられそうだ。……食ってもいいか?」
美奈は答えた。
「こんな飛べないわたしでも誰かの血肉になれるのならば生れた甲斐があるというもの。食らいたいのなら食らうがいい」
カマキリは美奈に食いついた。
こんなに上手くて大きな獲物は初めてだった。
食いちぎられた羽が落ちるとき、きらきらと銀に桜色にきらめく鱗粉が舞い散った。
カマキリは顎をまあるく動かし、むさぼり食いながらも、その美しさに目を見張る。
「わが身を差し出したお前はなんて美しく愛おしく、そしておいしいのだろう」
あるとき美奈は、猫であった。
ちょっと変わった猫だった。
猫特有のビロードのようなみっちりとした艶毛が、生れつき一本も生えなかったのだ。
親猫は幾日かで育児をふいと放棄した。
自分に似た毛色の、手のかかるかわいい子供たちがほかにも3匹いたからだ。
美奈は知恵もなく、危険な世界にひとりぼっちで放り出されのだった。
美奈を救ったのは、たまたま腹をすかしてうろついていた町に住みついた野良犬だった。
あわれと思ったからだった。
犬社会で異種族の美奈は、異質であった。
野良ネコ家ネコはもちろんのこと、いつも野良ネコに残飯をやる心優しい人たちからも、気味悪がられた。
繰り返される拒絶の日々。
美奈はそこから逃げ出すことにした。
もう大人になった。知恵もついた。
ひとりの方が気楽だと思った。
町をでて、山の中でひとりで生きることにした。
その山は冬は寒くて雪がふる。
毛のある動物にだけでなくて、人にとっても過酷であった。
山越えに失敗し、雪解けした春に凍死体が見つかることも多々あった。
何回めかの冬の夜、人の気配に美奈は藪影から様子をうかがった。
旅姿の若い僧侶だった。
方向を失ってさ迷い、美奈の隠れる小さな洞窟に、風雪を避けて来たようだった。
火を起こす道具もない。
僧侶は凍えていた。
このまま、僧侶は凍死するだろうと予想できた。
美奈は、己の醜い体を思ってためらったが、洞窟の中で男は身じろぎひとつしなくなったので、そばに寄ってみることにした。もともとここは美奈のねぐらで、遠慮するのも筋違いだと思ったからだ。
はだけた懐に潜り込むと、まだ温かさが残っていた。
自分と同じ、のっぺりとした毛のない肌であった。
安心した。
はじめて仲間を見つけたような気がした。
美奈は顔をすりつけ、しっぽを巻き付け、暖かさを味わった。
猫の体温は人より高く、暖め効果はすぐにでる。
男は、翌朝目を覚ました。
洞窟の外は雪が積もっているのに、体が熱くて汗がにじむほどである。
着物の中の、己の腹のあたりに何か重く熱いものが貼りついていた。
手でさぐると吸い付くような触感で、ぐにゃりと柔らかい。
彼らは飛べない美奈をバカにした。
美奈はふわりと浮かび、優雅に舞う自分の姿を思い描いた。
必死で曲がった羽をばたつかせる。
蝶は、蝶として生まれたときには飛べるようにできているはずだった。
己の動かない羽に絶望した。
もう、仲間のすがたは見当たらない。
彼らは恋のダンスを踊っていた。
踊れない美奈は見捨てられたのだった。
そのとき、鎌を怪我したカマキリが美奈ににじり寄り、美奈がむなしく羽ばたかせて生じさせる風圧を避けながら、おそるおそる声をかける。
「腹がへって死にそうだ。お前なら、この使えない鎌でも捕まえられそうだ。……食ってもいいか?」
美奈は答えた。
「こんな飛べないわたしでも誰かの血肉になれるのならば生れた甲斐があるというもの。食らいたいのなら食らうがいい」
カマキリは美奈に食いついた。
こんなに上手くて大きな獲物は初めてだった。
食いちぎられた羽が落ちるとき、きらきらと銀に桜色にきらめく鱗粉が舞い散った。
カマキリは顎をまあるく動かし、むさぼり食いながらも、その美しさに目を見張る。
「わが身を差し出したお前はなんて美しく愛おしく、そしておいしいのだろう」
あるとき美奈は、猫であった。
ちょっと変わった猫だった。
猫特有のビロードのようなみっちりとした艶毛が、生れつき一本も生えなかったのだ。
親猫は幾日かで育児をふいと放棄した。
自分に似た毛色の、手のかかるかわいい子供たちがほかにも3匹いたからだ。
美奈は知恵もなく、危険な世界にひとりぼっちで放り出されのだった。
美奈を救ったのは、たまたま腹をすかしてうろついていた町に住みついた野良犬だった。
あわれと思ったからだった。
犬社会で異種族の美奈は、異質であった。
野良ネコ家ネコはもちろんのこと、いつも野良ネコに残飯をやる心優しい人たちからも、気味悪がられた。
繰り返される拒絶の日々。
美奈はそこから逃げ出すことにした。
もう大人になった。知恵もついた。
ひとりの方が気楽だと思った。
町をでて、山の中でひとりで生きることにした。
その山は冬は寒くて雪がふる。
毛のある動物にだけでなくて、人にとっても過酷であった。
山越えに失敗し、雪解けした春に凍死体が見つかることも多々あった。
何回めかの冬の夜、人の気配に美奈は藪影から様子をうかがった。
旅姿の若い僧侶だった。
方向を失ってさ迷い、美奈の隠れる小さな洞窟に、風雪を避けて来たようだった。
火を起こす道具もない。
僧侶は凍えていた。
このまま、僧侶は凍死するだろうと予想できた。
美奈は、己の醜い体を思ってためらったが、洞窟の中で男は身じろぎひとつしなくなったので、そばに寄ってみることにした。もともとここは美奈のねぐらで、遠慮するのも筋違いだと思ったからだ。
はだけた懐に潜り込むと、まだ温かさが残っていた。
自分と同じ、のっぺりとした毛のない肌であった。
安心した。
はじめて仲間を見つけたような気がした。
美奈は顔をすりつけ、しっぽを巻き付け、暖かさを味わった。
猫の体温は人より高く、暖め効果はすぐにでる。
男は、翌朝目を覚ました。
洞窟の外は雪が積もっているのに、体が熱くて汗がにじむほどである。
着物の中の、己の腹のあたりに何か重く熱いものが貼りついていた。
手でさぐると吸い付くような触感で、ぐにゃりと柔らかい。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる