神さまの寵愛も楽じゃない

藤雪花(ふじゆきはな)

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第2夜 探しもの

3-3,

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 男はわたしの眼鏡の奥をのぞき込んだ。
 ものうげな目元をしている。
 その手が伸びて頬に指が触れた。
 肉体労働をしていないまっすぐに伸びたきれいな指だった。
 
「……花びらがここについていたから」
 
 その言葉に心臓がどくんと跳ね上がった。
 突然、視界いっぱいに桜の花が雪のように舞う景色が広がるような幻影に包まれたような気がした。
 以前もおなじようなことがあったような気がする。
 男の指には淡いピンクの羽のような桜の花びらが一枚、つままれていた。

 そのとき、かつかつとヒールの音がたかだかに響いて近づいてくる。すぐわたしたちの席で止まった。

「こんなところにいらっしゃったのですね?通りかかってまさかと思いましたが、面接の神坂さんですね。お飲み物は理事室でお出しいたしますので、込み入ったお話でもありますので移動してもらってもいいですか?」

 強い香水の香りがあたりに漂う。
 肉感的な身体のラインを強調する真っ赤なドレスにぽってりとした真っ赤な唇。
 とても50を超えていると思えない美貌の、大手芸能プロダクション社長であり、この傾きかけた経営の学院を乗っ取った女理事、藤原優子だ。
 同席のわたしに目を向け、値踏みするのも忘れていない。
 秘書の黒服をつれた藤原理事長の登場でわたしたちはカフェにいる全員の注目を集めた。
 神坂と呼ばれた男は迫力美女を前に、困ったように作り笑いを浮かべた。

「じゃあ、さくら君、またね」
 わたしに断って、仕方なくとでもいいたそうにとぼとぼと付いていく。

「……藤原理事長は嵐だとすると、たいていの男は巻き上げられる木の葉のようね。なんだかヒモ男に見える」

 再び空いた向かいの席にすわったのは、今日の待ち合わせの幼なじみの親友、山吹華連だ。
 肩までのふわふわの髪に、大きくてぱっちりした目が印象的でかわいい、売り出し中のモデルで、芸能教育学部の俳優コース。先ほどの男子学生の先輩にあたることになる。
 彼女の言葉は時に辛辣である。

「なんか面白いことになってたじゃない。で、どうしてミーナをさくらって呼んでいたの?」
「花びらが頬についていたから」
「ふうん?だからさくらって?」

 わたしは頬に手を当てた。
 子供の頃に頬にあった花びらのあざは成長するにつれていつの間にか消えてしまっている。本当に花びらがひとつ、頬のおなじ場所についていたのだ。
 
「あれはどう見てもヒモ男よね。無精髭とかちょっと残念なところがありそうだけど。藤原優子の手にかかれば少しはいい男風味になるかもしれないけど」
「し、心臓がなりやんでくれない」
「はあ?なんですって?」

 ぎゅうっと華連の眉が寄り、わたしの言いたいことを理解すると、花が咲くように笑顔になった。

 その後の1週間、神坂と呼ばれていた着流しの男が面接に合格したかどうか気になった。
 恋愛に関して百戦錬磨の強者である華連にいわせると、ささいなきっかけで、相手の何かがに目がとまり、その人自身のことをまるごと知りたくなるのが一目惚れなのだそうだ。外見の良さもあれば、仕草や、困ったときに助けてくれたなど、いろいろな状況があるそうである。
 
 櫻木美奈、20歳の春。
 ちょっと残念なところのある男に一目惚れしてしまったのである。
  
 



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