神さまの寵愛も楽じゃない

藤雪花(ふじゆきはな)

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第2夜 探しもの

5、課題①

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 彼は以前と同じように着流し姿で、わたしの授業がある教室がある棟の手前の大講堂の出入り口近くに立っていた。
 わたしはとっさに街路の桜の幹に身を隠してしまった。
 もう一度会いたいと思ってはいたけれど、今だと想定してなかった。
 彼は講堂に入ろうとする学生を呼び止めては、すげなくあしらわれているようだった。
 それでも一人捕まえた。女子学生は初めは首を横にふったが、神坂の顔をみて警戒を解くと言葉を交わす。会話の内容までは聞き取れない。

 理事長と面接試験というのが新学期初日。
 それから一週間後に学院内にいるということは、うまくいったということなのだろうか。はたして学院の先生か職員なのか。
 それにしては、着物のままというのも腑に落ちない。
 きわめて自由な校風とはいえ、職員になれば男性はスラックスをはいているものだから。先生なら、教える授業によって装いはさまざまだが。
 彼が何者なのか、授業前の学生を捕まえて何を聞いているのかしりたくてたまらない。
 わたしは決意した。
 女子との会話が終わり、次ぎのターゲットを狙うのを見計らい、目の前を通り過ぎて呼び止めてもらうのだ。
 素知らぬ顔で通り過ぎる。
 彼が息をすう気配。

「……あの、ちょっといいですか」

 わたしは足を止めた。
 こんなに思惑通りにいくとは思わなかった。
 どきどきと心臓が跳ねている。
 ごくりと生唾を飲み込むと意を決して振り返った。

「はい、わたしのことですか!あなたのこと見覚えがあります。もしかしてこの前助けてくださった人じゃないですか!」
「はい?」

 ペンとメモを手にした神坂と、その彼に向かいあう女子学生が、驚いてわたしを見た。
 とたんにわたしは盛大に勘違いしていることに気が付いた。彼が呼び止めたのはわたしじゃなくて、わたしの後の、すらりとした芸教の女子の方だった。
 恥ずかしさに顔に血が駆け上がる。
 自意識過剰に振り返ったわたしのみっともなさに、女子が笑いを押し殺す。

「君は?えっと、あのときの。この人の次ぎに聞きたいことがあるので、ちょっと待ってくださいますか」
 思いやりは羞恥心を煽った。
「いえ、間に合ってますから!」

 見当違いの返事を投げつけ、無我夢中で扉の中へ逃げ込んだ。
 逃げ込んだ先は、すり鉢状の学院の中でも演劇などの講演にも使う巨大な講堂である。席がぎっしりと埋まっている。入ってしまった手前、比較的空いている後方の席にとりあえず座った。
 授業開始のブザーにかぶさるように、遠慮のないヒールの音が講堂に響く。自信満々な登場はこの学院の理事長藤原優子だった。彼女に続くのは老齢から30代ぐらいまでのどこかで見たことのあるような者たちである。彼らはあらかじめ用意された椅子に座った。
 藤原理事長が顔をこちらに向けると、講堂のざわめきが消えさっていく。

「多様化するメディアにおける芸能関係の仕事の展望と、伝統芸能の学びの心についての講演に、集まってくれてありがとう。わたしの後は、第一線で活躍する人生の先輩たちに体験を語っていただきます。質問はその後、たっぷり時間をとります。ぜひこの機会に、今日のテーマでも、そうでなくても構いませんので先輩方を退屈させることがないように」

 舞台を照らすライト以外の照明が落とされていく。
 暗くなる中、一番前の席にふわりとした頭の華連がいた。
 この会場に集まっているのは、ほぼ芸能教育の生徒たちだった。
 今朝の授業は早いといっていたけれど、理事長の講演の席の確保のためだったのだ。
 

 

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