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第2夜 探しもの
9-2、
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硬直する彼らのなかで、男が指さす先に、もぞもぞとうごめいている赤黒いものがあった。
目や口や指先や靴の先からそれらは生まれ、舞台へと這い寄っていく。
藤原優子はがたがた震え、黒服の男ごと尻をついた。近づく男から逃げることはできない。頼みの綱の黒服秘書はぴくりとも動かず重くのしかかり動かない。
突然気が付いた。
このありえない状況で、息をしているのは藤原優子と着物の男。
……そしてわたしだけ?
男は指先で斜めに切り払うような仕草をした。
触れもしないでごろんと黒服が人形のように横に転がった。
上から見下ろしながら、鎧を失った女の腹に向かい、手を突き出す。
指を曲げ、探るように動かした。
はたと、何かを見つけたようだった。手首を返し、引き出すふりをした。
その手には、這い出す虫とおなじ赤黒いものがこびりついたどろりとした塊があった。
「なんと、醜く汚れた魂であることよ」
「わたしの、魂…?」
「今生の、嘘と虚構と欲望とがべったりとはりついて淀んでしまっている。これが、芳しく匂い、あの虫ケラどもを呼びよせる。いっそのこと奴らの欲望のままにコレを食わせてやろうか?そうすれば、虫どもは満足し、この場の混乱は収まろう」
「……そうすればわたしはどうなるの」
「魂を食われたお前は廃人になろう」
「死ぬの?」
「肉体の死は時間差で訪れる」
「そんなの、い、嫌よ」
「ふむ?この男も、お前を頼りにしているようだな。なら祓ってやろうか」
「は、祓う?」
「この穢れの中に、お前がごたいそうに大事にしているものがある。それをすこしばかり覗かせてくれるのならば、あの虫どもを祓ってやろう」
「お、お願い。そんなもの、いくらでも覗いてもいいから、あれから助けて」
男は身体をねじり、背後に迫る赤黒虫を、うるさくまとわりつく蜘蛛の糸をはらうように、片手を動かした。
突然、竜巻のような突風が会場を駆け抜けた。
醜い人形のような学生たちは風におあられ、揺らぎ、その形のままばたばたと重なり倒れていく。
赤黒虫はふわりと浮いた。
地面にふきたまっていた桜の花びらも、枝に残っていた盛りを終えた花も嵐に巻き込まれた。
わたしは桃色の吹雪の中で、着物の男の後姿を見失わないように必死に見つめ続けなければならなかった。
その吹雪もいずれやむ。
赤黒い奇怪な虫たちは、花びらごと消えていた。
舞台には黒服の横に藤原優子が意識を失って倒れている。
その上に、吹き飛ばされ残してしまった桜の花びらがゆらりゆらりと落ちてくる。
わたしもみんなと一緒に逝きたかったのに、と花びらの気持ちが聞こえてきそうだった。
「……死んだの」
スローモーションのように、男は振り返った。
「あれらはどこにいったの」
重ねて言う。
思考が意識しないうちに言葉になってしまう。
わたしの存在を教えるつもりなどなかったのに。
男は真正面からわたしを見下ろした。
着物も、顔も、神坂晴海のはずなのに全くの別人だった。
彼はあんなに目鼻立ちが完璧に整っていたか。
冷たいような哀しいようなこの世を倦んでいるような、そして傲慢さを覗かせる、そんな妖しく美しい目をしていたか。
唇も言葉を話せるとはおもえない、ミケランジェロでも作れない完璧な形。
視線がぬらりとからみあった。
ああ、わたしは今すぐここから尻尾を巻いて、逃げなければならない。
ソレにつかまってはならない。
手にしている藤原優子の魂のように、わたしの魂を手慰みに覗かれてしまう。
首筋がちりちりとざわめく、恐怖。
目や口や指先や靴の先からそれらは生まれ、舞台へと這い寄っていく。
藤原優子はがたがた震え、黒服の男ごと尻をついた。近づく男から逃げることはできない。頼みの綱の黒服秘書はぴくりとも動かず重くのしかかり動かない。
突然気が付いた。
このありえない状況で、息をしているのは藤原優子と着物の男。
……そしてわたしだけ?
男は指先で斜めに切り払うような仕草をした。
触れもしないでごろんと黒服が人形のように横に転がった。
上から見下ろしながら、鎧を失った女の腹に向かい、手を突き出す。
指を曲げ、探るように動かした。
はたと、何かを見つけたようだった。手首を返し、引き出すふりをした。
その手には、這い出す虫とおなじ赤黒いものがこびりついたどろりとした塊があった。
「なんと、醜く汚れた魂であることよ」
「わたしの、魂…?」
「今生の、嘘と虚構と欲望とがべったりとはりついて淀んでしまっている。これが、芳しく匂い、あの虫ケラどもを呼びよせる。いっそのこと奴らの欲望のままにコレを食わせてやろうか?そうすれば、虫どもは満足し、この場の混乱は収まろう」
「……そうすればわたしはどうなるの」
「魂を食われたお前は廃人になろう」
「死ぬの?」
「肉体の死は時間差で訪れる」
「そんなの、い、嫌よ」
「ふむ?この男も、お前を頼りにしているようだな。なら祓ってやろうか」
「は、祓う?」
「この穢れの中に、お前がごたいそうに大事にしているものがある。それをすこしばかり覗かせてくれるのならば、あの虫どもを祓ってやろう」
「お、お願い。そんなもの、いくらでも覗いてもいいから、あれから助けて」
男は身体をねじり、背後に迫る赤黒虫を、うるさくまとわりつく蜘蛛の糸をはらうように、片手を動かした。
突然、竜巻のような突風が会場を駆け抜けた。
醜い人形のような学生たちは風におあられ、揺らぎ、その形のままばたばたと重なり倒れていく。
赤黒虫はふわりと浮いた。
地面にふきたまっていた桜の花びらも、枝に残っていた盛りを終えた花も嵐に巻き込まれた。
わたしは桃色の吹雪の中で、着物の男の後姿を見失わないように必死に見つめ続けなければならなかった。
その吹雪もいずれやむ。
赤黒い奇怪な虫たちは、花びらごと消えていた。
舞台には黒服の横に藤原優子が意識を失って倒れている。
その上に、吹き飛ばされ残してしまった桜の花びらがゆらりゆらりと落ちてくる。
わたしもみんなと一緒に逝きたかったのに、と花びらの気持ちが聞こえてきそうだった。
「……死んだの」
スローモーションのように、男は振り返った。
「あれらはどこにいったの」
重ねて言う。
思考が意識しないうちに言葉になってしまう。
わたしの存在を教えるつもりなどなかったのに。
男は真正面からわたしを見下ろした。
着物も、顔も、神坂晴海のはずなのに全くの別人だった。
彼はあんなに目鼻立ちが完璧に整っていたか。
冷たいような哀しいようなこの世を倦んでいるような、そして傲慢さを覗かせる、そんな妖しく美しい目をしていたか。
唇も言葉を話せるとはおもえない、ミケランジェロでも作れない完璧な形。
視線がぬらりとからみあった。
ああ、わたしは今すぐここから尻尾を巻いて、逃げなければならない。
ソレにつかまってはならない。
手にしている藤原優子の魂のように、わたしの魂を手慰みに覗かれてしまう。
首筋がちりちりとざわめく、恐怖。
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