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第2夜 探しもの
9-3、
しおりを挟む「ほう?お前は動けるんだな。あれらは遠く飛ばした。先ほどのように寄り集まればやっかいなものだがちじぢりになれば、とるにたりないたいした力はないもの。この世界の、例えるならば雑菌のようなものだ。あちこちで生まれては消えていく。その女も生きている」
口調も違う。
神坂晴海でありながら、彼ではないもの。
そもそもわたしは、神坂晴海のことをどれだけ知っているというのか。
「それは、何」
まだ口が動いた。
だけど、心臓が早鐘のように打ち始め、汗が噴き出している。
限界はもうすぐだ。
彼と対峙するのは命を削るようなものだと悟る。
男の手のひらにすっぽりと収まり、もてあそんでいるもの。
藤原優子の身体から引き出したもの。
花吹雪に洗われて、それは淡く清水のように輝き透き通っている。
「これは、女がこの中に大事なものを閉じ込めた。誰にも奪われぬように悟られぬように、嘘いつわりで塗り固めた。そして、自分にとって大事なもののありかも、自分自身でもわからなくなって、大事にしていたことさえ忘れてしまった。だけど、女にとって大事なものに違いないから喪失感はある。藤原優子が探しているものはこのなかにある」
目を細めて眺める。
切れ長の美しい目である。
わたしは彼を知っていた。
だけど、どこで?
こんな人間離れした印象的な男、一度会ったのならばおぼえていないはずはないのに。
「……恋人、いや友人か?大事に抱えていたのは彼女との切磋琢磨した記憶?藤原優子が探していたのは、共に栄光を目指した親友へのあこがれと賞賛の気持ち」
男は玉を手放した。
一度味わえば、もう興味が失せたかのように。
男はわたしに近づいてくる。
おなじだけ、わたしはにじり下がる。
それだけでも、全力を尽くさねばならなかった。
息が切れ、視界が黒く塗りつぶされはじめる。
学生たちのように、理事長のように、わたしも意識を失うのだ。
わたしに残された時間はわずかだ。
逃げるまえに、男につかまってしまいそうだ。
「ここはなんなの。どうしてわたしたちだけなの」
「わたしにはあなたが目覚めていることが不思議だ。ここはわたしが作り出した結界世界。意識世界なのだから」
「意識世界?わたしは、思念体とでもいうの?」
わたしは先ほどまでの服を着ている。
手も足も、眼鏡も掛けている。
温度質感もあるまさしく自分の身体だった。意識体が現実世界とおなじとはあり得るのか。
くすりと男は笑う。
わたしはジャケットのポケットに何かあるのに気が付いた。
じゃらりと鎖の冷たさが指先に触れる。
この存在をこの男に気づかれてはならないことだけはわかった。
藤原優子の魂のように、丸裸にされたくなければ。
「ああ、時間切れだ。神坂晴海では使える能力に限界がある……」
同時にわたしの限界だった。
男はわたしの頬に指先を伸ばす。
いつの間にこんなに近づいていたのか。
「頬のわたしの印を消しても、そんな眼鏡をしても、お前の美しさは隠しきれないのに、笑止よな……」
その腕に抱き取られるように、わたしは意識を失った。
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