神さまの寵愛も楽じゃない

藤雪花(ふじゆきはな)

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第2夜 探しもの

10、探しもの(第2夜完)

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 午後の授業が終わり友人たちと別れると、わたしの足は古い校舎に向かう。大都会でありながらその端に位置するこの学校は、広い敷地を持っている。レンガの洋と木材をふんだんに使った和の大工仕事が見事に折衷された、明治大正時代の遺物のような瀟洒な別館が、近代的な正面校舎の裏手にあるとはつい先日まで知らなかった。

 教授の研究室や、実験室、部活の部室としても使われている。
 その中でも、用があるのは一番奥まった一室である。

 扉には、『なんでもお気軽にご相談ください 清心国芸学院大学公認相談室 神坂晴海』と手書きの案内と表札がテープで留められている。
 どうして細マジックペンなの、という疑問がふつふつと沸くのを押さえた。 
 突っ込みどころが満載で、何で書いたかは些細な事柄にすぎない。
 
「……こんにちは」

 声を掛けてはいる。
 使い込まれた黒柿の机、重厚なアンティークの本棚。
 初日は蜘蛛の巣とほこりがかぶるがらんどうの薄汚れた箱だった部屋が、くる度に重厚に整えられていく。
 今日は、座面が張り直されたカリモクの長いすが持ち運ばれてきている。家具の趣味はものすごくいい。わたし好みである。

 その長いすに、着物姿の男が横になっていた。
 二度目に声を掛けると神坂晴海は目を開けた。
 あわてて身体を起こす。

「良く来てくれたね、今日は……」
「今日は、これからパソコンの設定と、ホームページの作成、校内に貼るお知らせの張り紙、そんなところでしょうか」
「ああ、僕も手伝うよ」
「手伝うんじゃなくて、僕が指示するよ、です。先になにをしてほしいか言っていただいたら、それから取りかかりましょう」
「そうだね、君がいいと思うものから進めていいと僕は指示するからそのようによろしく頼むよ」

 わたしの雇い主は全く頼りない。
 わたしは、黒柿の机に座るとノートパソコンを広げた。
 ひとまず、表札を表札会社に注文したい。
 あれでは、お客さまになめられてしまう。
 
 バイトのわたしが作業するのを申し訳なく思ってなのか、神坂は身体を起こし胸元をさっと慣れた手つきで整えるとその袂から真っ赤な封筒を取り出した。見るからにど派手な封筒である。

「それは何ですか?」
「藤原さんが、理事長がお祓いの謝礼としておいていったんだ。いいのに。経理関係はどうしよう?」
「経理はわたしの範疇ではありませんよ」
「僕がやらないといけないのか」
「そもそもおひとりでやるつもりだったんでしょ?」
「そうなんだけど、生来の無精がでて……」
 この男は一体どういう生き方をしてきたのだろう。
 好奇心がうずきだす。

 あのあと、目覚めたのは教室の中だった。
 季節を先取りする暑さにやられて、あの場にいた多くの学生が熱中症になって倒れたそうだ。
 一番最初に気が付いた神坂が、救急車を呼び倒れた学生を校内に運び込んだ。
 ネット中継は途中でwifiの調子が悪くて切断され、保存データもサーバが混乱して壊れたようだった。
 後でネットに上がっていた画像をみたけれど、北野隼人のあたりから画像が乱れはじめ、そこで終わっている。
 藤原優子にぶつけられたコーヒーカップも、赤黒虫も何も残っていなかった。
 誰も覚えていないのかもしれないけれど、妄想じゃないのならば、わたしの記憶に恐怖と共に残っている。

 あのときのことを目の前の、本人の口から聞いていない。
 うだつのあがらなそうな30男の神坂晴海と、あの男が同一人物だとどうやってもつながらないのだ。
 
「それにしても、理事長の個人的な探しものがあれだったなんてなあ」
「あれって?」 

 共に切磋琢磨した親友へのあこがれと賞賛、だったか。

「櫻木君がまだ目を覚ましていないときに、藤原さんに課題を答えたんだ。探しているのは、君も良くやっているよ、頑張ったね、って褒められることだって」
「は、はあ?」


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