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第3夜、憑き物落とし
12-2、
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「あれはお祓いの祈祷で解決したんだよ」
「お祓いの、祈祷?」
「学生の理事長への不満が煽られ最高潮になったときに、そう、ひとつめの紙カップが投げられたときに、僕はいにしえの猛神静めの祝詞をつぶやいたんだ。……ひとふたみよいつむゆななやことや、荒ぶる神、猛る神よ、怒りを静めたまえ、かしこみかしこみ申す…大地の神よ、守護神よ、鎮めたまえ……。」
「それ、本気で言っているのですか?じゃあ、あの男は……」
「あの男って?僕は僕だよ?清め祓ったり静めたりするとき、意識が飛び、神がかりになるときもある。その時のことは実はあまりよく覚えていなし、巻き込まれたひとたちも記憶がないことがほとんどなんだ。なるほど、僕は神がかりになったんだね。君はそれの場に立ち会ったんだ。それでどうだった、僕の神がかりの様子は」
「どうって、おなじ顔なのに別人で、あの場を支配する何か不思議な力を持っていて……」
禍々しいほど美しい男。
思い出そうとするだけで、ざあっと、風が桜を巻き上げる音が聞こえてくるような気がする。
今は清心国芸学院大学の学内の桜は完全に葉桜になっている。
「だから、僕のそばにいたいの?神がかりになった僕に会いたいから」
そうなんだろうか。
むしろ、あの男から逃げたい。
だけど、知りたい。
わたしは神坂晴海の声色を読み損ねた。
なぜなら自分の気持ちを探ることに必死だから。
「この21世紀の化学文明が発達し、怪異や摩訶不思議な物事が解明されていく現在において、いまなお正体不明で説明がつけられないことを前にして、見なかったことなかったことにして逃げ去るのがなんだか気持ち悪くて。アレが神がかりは、しっくりきます。明治の山村における巫女の役割という論文があって読んだことがあります。イタコとか、ユタとかそういう」
「君は古い風習とか興味があるんだね。だけどあんなこと、めったにないよ。たいていは僕の直感や勘、推理で解決できるから」
その時、こんこんと軽くノックで入ってきたのは理事長の藤原優子。
「仕事の具合はどう?」
メディアで騒がれる藤原優子と今の彼女は別人である。
化粧は薄く、口紅のトーンは落ち、重そうなまつげは軽く薄くなり、スーツは柄が賑やかとはいえ、落ち着いた感じで、ヒールもあるかなしかぐらいの低さである。
以前は女の武器を全面に押し出した戦闘態勢だったのと比べると、肉体の迫力はそのままに、高圧的なところは影を潜めている。
足音で背後からでも彼女が来ることがわかったが、いまではすれ違っても職員でさえ気が付かないことがある。
彼女はお土産も一緒に持ってくるのでいつでも大歓迎である。
わたしはいそいそとお茶を用意する。
カリモクの長椅子に向かい合うように置いた客用の革のソファに理事長は腰を下ろし、周囲を見回して客の入り具合を確認していた。
「あなたも一緒にお上がりなさいよ」
「じゃ、おことばに甘えまして」
もとよりそのつもりである。
長椅子に座る神坂に寄りすぎないように腰をおろし、背筋を伸ばす。
手土産は虎屋の羊羹だった。
理事長は慣れた手つきで切り分け、懐紙にとりわけてくれる。
その様子はまるで母のようで、わたしたちの方がお客さまのようだった。
和菓子に合う銘々皿と黒文字が欲しい。
お抹茶でいただきたい。
わたしの頬を緩ませ遠慮なくほおばる姿に、理事長はにっこり笑う。
「仕事をより分けていると聞いているけれど、たしかにそのようね。神坂はどういう仕事なら興味があるのかしら」
「なんでもという意味は、常識的に考えてカテゴリーに分けられないことを扱います、ということですよ」
「わたしがずっと探し求めていた答え、喪失感の理由を明らかにしてすくってくれたように、ということね。あなたに感謝している。恵子もきっと、わたしに必要だからあなたを託したんでしょうね。今日のあなたの着物もこの部屋も恵子の大事にしていたものばかりだし」
「お祓いの、祈祷?」
「学生の理事長への不満が煽られ最高潮になったときに、そう、ひとつめの紙カップが投げられたときに、僕はいにしえの猛神静めの祝詞をつぶやいたんだ。……ひとふたみよいつむゆななやことや、荒ぶる神、猛る神よ、怒りを静めたまえ、かしこみかしこみ申す…大地の神よ、守護神よ、鎮めたまえ……。」
「それ、本気で言っているのですか?じゃあ、あの男は……」
「あの男って?僕は僕だよ?清め祓ったり静めたりするとき、意識が飛び、神がかりになるときもある。その時のことは実はあまりよく覚えていなし、巻き込まれたひとたちも記憶がないことがほとんどなんだ。なるほど、僕は神がかりになったんだね。君はそれの場に立ち会ったんだ。それでどうだった、僕の神がかりの様子は」
「どうって、おなじ顔なのに別人で、あの場を支配する何か不思議な力を持っていて……」
禍々しいほど美しい男。
思い出そうとするだけで、ざあっと、風が桜を巻き上げる音が聞こえてくるような気がする。
今は清心国芸学院大学の学内の桜は完全に葉桜になっている。
「だから、僕のそばにいたいの?神がかりになった僕に会いたいから」
そうなんだろうか。
むしろ、あの男から逃げたい。
だけど、知りたい。
わたしは神坂晴海の声色を読み損ねた。
なぜなら自分の気持ちを探ることに必死だから。
「この21世紀の化学文明が発達し、怪異や摩訶不思議な物事が解明されていく現在において、いまなお正体不明で説明がつけられないことを前にして、見なかったことなかったことにして逃げ去るのがなんだか気持ち悪くて。アレが神がかりは、しっくりきます。明治の山村における巫女の役割という論文があって読んだことがあります。イタコとか、ユタとかそういう」
「君は古い風習とか興味があるんだね。だけどあんなこと、めったにないよ。たいていは僕の直感や勘、推理で解決できるから」
その時、こんこんと軽くノックで入ってきたのは理事長の藤原優子。
「仕事の具合はどう?」
メディアで騒がれる藤原優子と今の彼女は別人である。
化粧は薄く、口紅のトーンは落ち、重そうなまつげは軽く薄くなり、スーツは柄が賑やかとはいえ、落ち着いた感じで、ヒールもあるかなしかぐらいの低さである。
以前は女の武器を全面に押し出した戦闘態勢だったのと比べると、肉体の迫力はそのままに、高圧的なところは影を潜めている。
足音で背後からでも彼女が来ることがわかったが、いまではすれ違っても職員でさえ気が付かないことがある。
彼女はお土産も一緒に持ってくるのでいつでも大歓迎である。
わたしはいそいそとお茶を用意する。
カリモクの長椅子に向かい合うように置いた客用の革のソファに理事長は腰を下ろし、周囲を見回して客の入り具合を確認していた。
「あなたも一緒にお上がりなさいよ」
「じゃ、おことばに甘えまして」
もとよりそのつもりである。
長椅子に座る神坂に寄りすぎないように腰をおろし、背筋を伸ばす。
手土産は虎屋の羊羹だった。
理事長は慣れた手つきで切り分け、懐紙にとりわけてくれる。
その様子はまるで母のようで、わたしたちの方がお客さまのようだった。
和菓子に合う銘々皿と黒文字が欲しい。
お抹茶でいただきたい。
わたしの頬を緩ませ遠慮なくほおばる姿に、理事長はにっこり笑う。
「仕事をより分けていると聞いているけれど、たしかにそのようね。神坂はどういう仕事なら興味があるのかしら」
「なんでもという意味は、常識的に考えてカテゴリーに分けられないことを扱います、ということですよ」
「わたしがずっと探し求めていた答え、喪失感の理由を明らかにしてすくってくれたように、ということね。あなたに感謝している。恵子もきっと、わたしに必要だからあなたを託したんでしょうね。今日のあなたの着物もこの部屋も恵子の大事にしていたものばかりだし」
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