神さまの寵愛も楽じゃない

第3夜、憑き物落とし

12-3、

「恵子さん……」

　わたしは思わずつぶやいた。
　藤原優子の大事にしていた親友とは恵子さんのことなのだ。
　神坂と藤原優子は恵子さんでつながっている。

「恵子は古いものとか美しいものとか不思議なこととか、いわくありげなものが大好きだった。彼女の旦那の趣味もとても良かった。将来有望な女優だった恵子を他に誰にもとられないように完全に引退させたぐらいに。その彼の着物は全部あなたのものになったのね」
「自由にしていいと恵子さんの遺言に」

　藤原優子の目が哀しげに揺れた。

「恵子は亡くなる前にあなたを残して逝くことがとても心残りだから、後を引き継いで欲しいという手紙をもらって正直悩んだ。だって犬猫じゃないのよ、人よ？せめてもの抵抗が、採用面接試験だったんだけど。本気で断ろうと思っていたのよ。あのオーディションのときのことは記憶が定かではないけれどきわめて危ない状況で、あなたが助けてくれたことはちゃんと理解している。答えも見つけてくれた。そういうところ、恵子がいかにもあなたを気に入りそうなところだと思うわ。だからあなたを引き受けることにしたの。でも恵子のようにあなたをまるごと受け入れることはできないし、この場所をタダで使わせてあげることで許してね。あとの生活費はなんとか自分でかせいで頂戴」

　藤原優子と恵子さんが年が近いとすれば、神坂は２０歳ほど年下になる。
　つまり、かつて神坂晴海は裕福な未亡人のヒモだった。
　お茶を噴き出しそうになったが、やたらしっくりきた。
　彼のがつがつ働く姿が想像できないから。

　それに、神がかりのことがなくても、神坂はやけに気になる男である。
　一度、簡単にチラシをつくって、校内で配ったことがある。
　それから一週間ほどは、相談と称してお茶に誘う女子が多かった。
　まったく仕事にはならなかったけれど。

「だからといって、ただここで遊ばせて置くことは、わたしは恵子じゃないしわたしの美学ではないから、月に１つか２つぐらいでいいから結果をだして欲しいわね。カテゴリーに分けられない仕事がいいというのなら、こんなのはどうかしら？新学期が始まって、寮生が帰宅途中に背後から獣に襲われそうになる事件が立て続けに起こっているの。それがとても不思議なことに……」

　理事長は懐紙を机に置く。
　要件は、仕事の依頼だった。