34 / 134
第3夜、憑き物落とし
13、仕事の依頼②
しおりを挟む
全国各地から学生が集まるこの学院には、敷地内に男子寮と女子寮がある。
新校舎と旧校舎が目抜き通り面しているのと比べ、寮の本来の出入り口は繁華街に面した奥まったところにある。
同じ学内の敷地内をつっきっていくこともできる。
ただし校舎と寮の間にはうっそうとした手つかずの森が食い込んだ形で残されている。
もともとはこの森を切り開き、運動場か博物館を建立する計画であったのが、稀少な植物と動物が繁殖していることがわかり、さらに国の大型箱物事業に対する根強い反対運動が起こり、そのまま開発が頓挫し、森を突っ切る形で遊歩道が整備されて終わってしまっていた。
わき水が出ているために小さな池があり、せせらぎがあり、沢ガニが走る秘境であり清心の学生に許されたオアシスとも言うべきとろで、日中は遊歩道に沿って置かれるベンチで昼食を楽しんだり、授業の合間に足を向けて寝そべったり、涼んだりする学生たちも多い。
その森を抜けるのならば寮までわずか5分。
一方、いったん学外へでて、繁華街を抜けてゆけば約15分。
朝や昼間の時間帯であれば、その遊歩道を突っ切るのが一番の早道である。
誰かの目が行き届くのは、日の差し込む時間帯まで。
夜になれば、太陽光発電電灯が常夜灯となり防犯カメラが至るところに設置されているとはいえ、古い森が抱える闇は深く、人の気配が薄くなる。
わたしは一度も夜にひとりで通ったことはない。
友人たちと一緒でも、できれば避けたいところである。
理由は単純で、闇の中に何かが潜んでいるような気がするから。
つまり、怖くて通れないのだ。
だから、理事長が持ち込んだ仕事の内容が、この森に関することだと知っても大して驚かなかった。
理事長の話はこうである。
今学期に入り、その森を通った学生たちから大学の管理課に野犬がいるのではないかという通報が複数寄せられたそうである。
理事長はリストを神坂晴海に手渡した。
「ほとんど女子ばかりって違う意味の犯罪を連想させるでしょう?それも芸教の子ばかりだし。警察にも相談したんだけれど、実際におそわれたとかじゃないから警察も動いてくれなくって。でも状況が不可思議なことが多くて」
「不可思議ですか?もう少し具体的に教えていただけませんか」
神坂晴海はリストに目を走らせた。
「1番目の子なんて、背後からうなり声がして、怖くて走って逃げたんだけど、飛びかかられた気配でパニックになってつまずき倒れたところ、首筋に何かが噛みついたそうよ。恐怖のあまりに叫んで気を失ったの。気が付けば噛まれたはずの首に怪我はなく、転んだ膝がすりむけていたぐらいだったそうよ。気を失ったのは時間にすればわずか2、3分のことなの。いったいどういうことかわからず、呆然として、おそわれた恐怖にしゃがみ込んでいるところを助けられたの。怪我はなくても何か動物におそわれたに違いないのだから、野犬の駆除は業者に頼んだんだけど、不思議なことに、野犬も、それらしき動物も一帯にはいなくて、どうやら勘違いらしいということになったのよね。そのあと、同じような何かのうなり声を聞いた話だとか、森の中に不審者をみたとか、そんな苦情があったのよ。その数7人。どう、不可思議でしょ?」
「野犬のようなものにかまれ、気を失い、怪我はない。野犬は消えている。それは不可思議ですね。依頼だと思っていいんですね?それで僕にどうしてほしいんですか?」
「原因の究明と、この7人の子の中には、しばらく動けなくて学校を休んでいる子も多いの。だいたい二日、三日寝ていたら回復するようなんだけど、疲労困憊度合いがひどくて、何か森で憑かれたのであれば、祓ってあげて欲しいの。一人一人の分をお支払いするわ。森に原因があるようならば、その原因の駆除を」
新校舎と旧校舎が目抜き通り面しているのと比べ、寮の本来の出入り口は繁華街に面した奥まったところにある。
同じ学内の敷地内をつっきっていくこともできる。
ただし校舎と寮の間にはうっそうとした手つかずの森が食い込んだ形で残されている。
もともとはこの森を切り開き、運動場か博物館を建立する計画であったのが、稀少な植物と動物が繁殖していることがわかり、さらに国の大型箱物事業に対する根強い反対運動が起こり、そのまま開発が頓挫し、森を突っ切る形で遊歩道が整備されて終わってしまっていた。
わき水が出ているために小さな池があり、せせらぎがあり、沢ガニが走る秘境であり清心の学生に許されたオアシスとも言うべきとろで、日中は遊歩道に沿って置かれるベンチで昼食を楽しんだり、授業の合間に足を向けて寝そべったり、涼んだりする学生たちも多い。
その森を抜けるのならば寮までわずか5分。
一方、いったん学外へでて、繁華街を抜けてゆけば約15分。
朝や昼間の時間帯であれば、その遊歩道を突っ切るのが一番の早道である。
誰かの目が行き届くのは、日の差し込む時間帯まで。
夜になれば、太陽光発電電灯が常夜灯となり防犯カメラが至るところに設置されているとはいえ、古い森が抱える闇は深く、人の気配が薄くなる。
わたしは一度も夜にひとりで通ったことはない。
友人たちと一緒でも、できれば避けたいところである。
理由は単純で、闇の中に何かが潜んでいるような気がするから。
つまり、怖くて通れないのだ。
だから、理事長が持ち込んだ仕事の内容が、この森に関することだと知っても大して驚かなかった。
理事長の話はこうである。
今学期に入り、その森を通った学生たちから大学の管理課に野犬がいるのではないかという通報が複数寄せられたそうである。
理事長はリストを神坂晴海に手渡した。
「ほとんど女子ばかりって違う意味の犯罪を連想させるでしょう?それも芸教の子ばかりだし。警察にも相談したんだけれど、実際におそわれたとかじゃないから警察も動いてくれなくって。でも状況が不可思議なことが多くて」
「不可思議ですか?もう少し具体的に教えていただけませんか」
神坂晴海はリストに目を走らせた。
「1番目の子なんて、背後からうなり声がして、怖くて走って逃げたんだけど、飛びかかられた気配でパニックになってつまずき倒れたところ、首筋に何かが噛みついたそうよ。恐怖のあまりに叫んで気を失ったの。気が付けば噛まれたはずの首に怪我はなく、転んだ膝がすりむけていたぐらいだったそうよ。気を失ったのは時間にすればわずか2、3分のことなの。いったいどういうことかわからず、呆然として、おそわれた恐怖にしゃがみ込んでいるところを助けられたの。怪我はなくても何か動物におそわれたに違いないのだから、野犬の駆除は業者に頼んだんだけど、不思議なことに、野犬も、それらしき動物も一帯にはいなくて、どうやら勘違いらしいということになったのよね。そのあと、同じような何かのうなり声を聞いた話だとか、森の中に不審者をみたとか、そんな苦情があったのよ。その数7人。どう、不可思議でしょ?」
「野犬のようなものにかまれ、気を失い、怪我はない。野犬は消えている。それは不可思議ですね。依頼だと思っていいんですね?それで僕にどうしてほしいんですか?」
「原因の究明と、この7人の子の中には、しばらく動けなくて学校を休んでいる子も多いの。だいたい二日、三日寝ていたら回復するようなんだけど、疲労困憊度合いがひどくて、何か森で憑かれたのであれば、祓ってあげて欲しいの。一人一人の分をお支払いするわ。森に原因があるようならば、その原因の駆除を」
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる