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第3夜、憑き物落とし
16-2、
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口元に手をやる。
口から何かが飛び出してくるのを抑えるかのように?
もしくは何かを体内から引き出すように?
紫苑は迷っていた。
「さっきの話、加害者側に訴えかけるのが日本社会ではあまりみあたらないというの、そりゃそうじゃん。神隠しってあるじゃん?神隠しにあわないように、大人は子供に言い聞かせる。森に、川に、見かけない奴に近づかないように。だけど、おなじ大人は子供をさらっていくものに対して、神隠しをするな、さらうな、とは言わないだろ?太古の昔から人は、人ならざるものに食われたり、もてあそばれたり、襲われたりする側なんだ。そうなんだから、自分たちを虎視眈々と狙う恐ろしいものに声高に呼びかけたりして、あえて弱い自分自身に注意をひき、焦点をむけさせてしまうよりもむしろ、息をひそめて目立たぬように、気をひかないように、ターゲットにならないようにしていたんだ。それとおんなじ思考で、市の防犯課は、被害者にならないように賢く対応せよと呼びかけるんだ」
「自分に注意をひかないように……」
「あんた、この道を通るの、怖かったんだろ?何か潜んでいるような気がして。近代文明に馴らされた人間社会にありながら、本能的な恐怖を感じたりしてるんだろ?それとももしかして、昔恐怖を感じた何かあったのかよ?」
わたしは知らず、頬に触れていた。
かつて頬にあったあざは、何かの目印だったのではないか。
闇の中に潜む何かがわたしを見つけるための。
遊歩道はようやく半ばである。
「僕の悩みを打ち明けると、身長も体重も、16歳のころからずっと変わらないんだ。これっておかしいよね?男臭くないからジェンダーレスとかフリーとか言われるけど、僕の成長は、時間は、止まっているんじゃないかって」
「ホルモンの異常じゃあ……」
「髪もだよ?髪が伸びないホルモンの異常ってあるのかなあ。そうしているうちに、別の悩みができて、怖くなってたまらなくなったんだ。憑きもの落としを女たちにしただろ?どうして僕を呼んでくれなかったのかなと思って。あんな女たちより僕の方こそ必要なんじゃないかと思うのに」
「紫苑は目撃者でしょ。被害者じゃなかったから」
心臓が暴走しはじめた。
腕を紫苑はつかんだ。
とがった爪のようなものが服を通して肉を強く圧迫した。
振り返れない。
わたしは何につかまれているのか。
恐怖で喉奥が圧迫される。
悲鳴さえだすことがでない。
息を吐く度に、ヒューっと喉から風が抜ける音がする。
「いつからか、ぐるぐるぐる、って聞こえるんだ。すぐ後に。僕の腹の底の方からのような気もするんだ。おかしいだろ?身長が伸びないことよりも恐ろしい。そういうときって、たいてい疲労困憊していて、お腹がやたらに空いていて、美人の後をつけたくなるんだ」
「なんで……」
「なんでって、おいしそうだからだよ。あんたは、とくに、不思議なんだ。近くによると、いい香りがする。心地よい感じがするのはどうしてなのかなあ。美人じゃないのに、本当にどうしてなのかなあ。もっと内側の何かが、血とか?他の女とは違うのかなあ」
ぐるぐるぐると獣の唸り声がすぐ後ろ聞こえた。捕まれた腕に唸りが振動となって伝わってくる。
「は、放して」
逃げようにも腕をふりほどけそうにない。
足元を照らす外灯が、じじじと不気味な音をたてて明滅する。
「神坂はあんたについた憑きものを落としてくれるから、正気に戻って」
首を動かすだけで、ぎりぎりと頸椎がきしむ。
獣のうなり声は紫苑の喉から出ていた。
口元には巨大に発達した犬歯が見えた。
ありえないほど大きく口が裂け広がり、長く真っ赤な舌がよだれを垂らしていた。
それがわたしの喉元に食らい付いた。
口から何かが飛び出してくるのを抑えるかのように?
もしくは何かを体内から引き出すように?
紫苑は迷っていた。
「さっきの話、加害者側に訴えかけるのが日本社会ではあまりみあたらないというの、そりゃそうじゃん。神隠しってあるじゃん?神隠しにあわないように、大人は子供に言い聞かせる。森に、川に、見かけない奴に近づかないように。だけど、おなじ大人は子供をさらっていくものに対して、神隠しをするな、さらうな、とは言わないだろ?太古の昔から人は、人ならざるものに食われたり、もてあそばれたり、襲われたりする側なんだ。そうなんだから、自分たちを虎視眈々と狙う恐ろしいものに声高に呼びかけたりして、あえて弱い自分自身に注意をひき、焦点をむけさせてしまうよりもむしろ、息をひそめて目立たぬように、気をひかないように、ターゲットにならないようにしていたんだ。それとおんなじ思考で、市の防犯課は、被害者にならないように賢く対応せよと呼びかけるんだ」
「自分に注意をひかないように……」
「あんた、この道を通るの、怖かったんだろ?何か潜んでいるような気がして。近代文明に馴らされた人間社会にありながら、本能的な恐怖を感じたりしてるんだろ?それとももしかして、昔恐怖を感じた何かあったのかよ?」
わたしは知らず、頬に触れていた。
かつて頬にあったあざは、何かの目印だったのではないか。
闇の中に潜む何かがわたしを見つけるための。
遊歩道はようやく半ばである。
「僕の悩みを打ち明けると、身長も体重も、16歳のころからずっと変わらないんだ。これっておかしいよね?男臭くないからジェンダーレスとかフリーとか言われるけど、僕の成長は、時間は、止まっているんじゃないかって」
「ホルモンの異常じゃあ……」
「髪もだよ?髪が伸びないホルモンの異常ってあるのかなあ。そうしているうちに、別の悩みができて、怖くなってたまらなくなったんだ。憑きもの落としを女たちにしただろ?どうして僕を呼んでくれなかったのかなと思って。あんな女たちより僕の方こそ必要なんじゃないかと思うのに」
「紫苑は目撃者でしょ。被害者じゃなかったから」
心臓が暴走しはじめた。
腕を紫苑はつかんだ。
とがった爪のようなものが服を通して肉を強く圧迫した。
振り返れない。
わたしは何につかまれているのか。
恐怖で喉奥が圧迫される。
悲鳴さえだすことがでない。
息を吐く度に、ヒューっと喉から風が抜ける音がする。
「いつからか、ぐるぐるぐる、って聞こえるんだ。すぐ後に。僕の腹の底の方からのような気もするんだ。おかしいだろ?身長が伸びないことよりも恐ろしい。そういうときって、たいてい疲労困憊していて、お腹がやたらに空いていて、美人の後をつけたくなるんだ」
「なんで……」
「なんでって、おいしそうだからだよ。あんたは、とくに、不思議なんだ。近くによると、いい香りがする。心地よい感じがするのはどうしてなのかなあ。美人じゃないのに、本当にどうしてなのかなあ。もっと内側の何かが、血とか?他の女とは違うのかなあ」
ぐるぐるぐると獣の唸り声がすぐ後ろ聞こえた。捕まれた腕に唸りが振動となって伝わってくる。
「は、放して」
逃げようにも腕をふりほどけそうにない。
足元を照らす外灯が、じじじと不気味な音をたてて明滅する。
「神坂はあんたについた憑きものを落としてくれるから、正気に戻って」
首を動かすだけで、ぎりぎりと頸椎がきしむ。
獣のうなり声は紫苑の喉から出ていた。
口元には巨大に発達した犬歯が見えた。
ありえないほど大きく口が裂け広がり、長く真っ赤な舌がよだれを垂らしていた。
それがわたしの喉元に食らい付いた。
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