62 / 134
第4夜 夢魔
24、夢相談
しおりを挟む
山田先輩の夢が母の支配からの抵抗と自分が行きたい道が容易でない道であることを暗示し、直視したくないものを悪夢という形で突き付けているのならば、わたしの夢は何をわたしに突き付けているのだろう。
恐ろしいものから逃走するところはおなじ。
違うのは、追いかけてきたそれを振り切ったと思ったのに、恐怖は先回りしていること。それから……。
びちゃり、びちゃり。
くちゃり、ぺちゃり。
明かりの漏れる台所でなにか得体の知れない音がする。
泥遊びをしているときの、水たまりがはねる音のような?
たっぷりと水分を含んだスポンジを床に落としたり壁にぶつけたりして遊ぶような?
明かりが漏れる台所の扉の隙間にそっと顔を当てた。
中のものに気が付かれてはならない気がした。いったい何が行われているのか、状況を確認しなければならない。
そして、恐ろしさに身体が硬直し、悲鳴が喉をつく……。
わたしは何をみたのか。
「……ぎ、櫻木美奈!大丈夫だ」
「あ……」
苦しい。
空気を求めて肩で息をする。
耳に悲鳴の残存がぐわんぐわんと響いていた。
その悲鳴はこの喉からでたものだ。
恐怖で身体が硬直しているのは悪夢から目覚めた朝とおなじ。
だけど今、動けないのは強い腕と胸に抱きしめられていたからだ。
夢中でしがみついた。
彼の香の匂いを思いっきり吸い込み、むせた。
夢でなくて、安心する。
薄暗いけれど、ここは夢の自宅の一軒家ではない。
時間の感覚があやしい。
わたしは小さな手、擦りむいた足をした子供のような気がした。
「……戻ってきたか?」
「ここは……」
「僕の事務所だよ。君は夢の話をしていて、夢の世界に入り込んでしまった」
わたしを強く抱きしめていた身体が緩む。
神坂はわたしの両肩をつかんで距離をとり、わたしの顔をのぞきこんだ。
子どもにするように、汗で貼り付いた額の髪を左右になでつけてくれる。
わたしは全身汗だくで、先ほどの恐怖の名残を感じて小刻みに震えが走った。
神坂がそばにいることで、急激に恐怖が霧散していく。
呼吸が収まっていくわたしと対照的に、神坂は眉を寄せ、なにやら思いを巡らせ深刻な顔をしている。
「お母さんとの約束ごと。神社に公園に住宅街、玄関の廊下の水たまり……。 櫻木君の実家はどこだったかな」
わたしが語った内容である。
「わたしの両親は幼い頃離婚し、母親に育てられていたんですけど、その母を交通事故で幼い頃に亡くして、田舎の祖父母のところで育てられたんです。田舎といってもほどほどの田舎ですけど。華蓮だって、その田舎からモデルデビューしたわけですし。駅前には繁華街もあって……」
「お母さんを亡くしたのは幾つのとき?」
神坂晴海はわたしの言葉を遮った。
落ち着きはじめていた心臓が、再びどきどき打ち始める。
冷たい汗が背中をしたたり落ちる不快な感覚。
「7歳のとき、だから、交通事故で……」
「住んでいたところのことを覚えている?」
「実はあんまり覚えていないんです。わりと都会の方だと聞いています。それがわたしのあの悪夢と何か関係あるんですか」
「悪夢にはいろいろ種類があって、それにより対処法が違ってくるんだけど……」
困ったように神坂晴海は顎をさすった。
なにかいいあぐねていて、言葉を探している。
「君の場合は、僕の勘の見立てでよければ、あれなんだけど……、だけどちゃんと調べてみないといけないから……」
「この悪夢はすぐに解決できないということですか?」
「ああ。でもできるだけ早く解決しないと。いつまでも悪夢に悩まされることになる。時間が欲しい」
自信なさげな頼りない感じがする。
だけど、こころのうちを心理分析されなくて、ひとまずほっとしてしまった。
その時、ノックもなしに扉が開き、ド金髪の頭が覗きこんだ。
「こんにちは。空いてますね、神坂晴海先生の事務所デスか。お取込み中でシタか」
恐ろしいものから逃走するところはおなじ。
違うのは、追いかけてきたそれを振り切ったと思ったのに、恐怖は先回りしていること。それから……。
びちゃり、びちゃり。
くちゃり、ぺちゃり。
明かりの漏れる台所でなにか得体の知れない音がする。
泥遊びをしているときの、水たまりがはねる音のような?
たっぷりと水分を含んだスポンジを床に落としたり壁にぶつけたりして遊ぶような?
明かりが漏れる台所の扉の隙間にそっと顔を当てた。
中のものに気が付かれてはならない気がした。いったい何が行われているのか、状況を確認しなければならない。
そして、恐ろしさに身体が硬直し、悲鳴が喉をつく……。
わたしは何をみたのか。
「……ぎ、櫻木美奈!大丈夫だ」
「あ……」
苦しい。
空気を求めて肩で息をする。
耳に悲鳴の残存がぐわんぐわんと響いていた。
その悲鳴はこの喉からでたものだ。
恐怖で身体が硬直しているのは悪夢から目覚めた朝とおなじ。
だけど今、動けないのは強い腕と胸に抱きしめられていたからだ。
夢中でしがみついた。
彼の香の匂いを思いっきり吸い込み、むせた。
夢でなくて、安心する。
薄暗いけれど、ここは夢の自宅の一軒家ではない。
時間の感覚があやしい。
わたしは小さな手、擦りむいた足をした子供のような気がした。
「……戻ってきたか?」
「ここは……」
「僕の事務所だよ。君は夢の話をしていて、夢の世界に入り込んでしまった」
わたしを強く抱きしめていた身体が緩む。
神坂はわたしの両肩をつかんで距離をとり、わたしの顔をのぞきこんだ。
子どもにするように、汗で貼り付いた額の髪を左右になでつけてくれる。
わたしは全身汗だくで、先ほどの恐怖の名残を感じて小刻みに震えが走った。
神坂がそばにいることで、急激に恐怖が霧散していく。
呼吸が収まっていくわたしと対照的に、神坂は眉を寄せ、なにやら思いを巡らせ深刻な顔をしている。
「お母さんとの約束ごと。神社に公園に住宅街、玄関の廊下の水たまり……。 櫻木君の実家はどこだったかな」
わたしが語った内容である。
「わたしの両親は幼い頃離婚し、母親に育てられていたんですけど、その母を交通事故で幼い頃に亡くして、田舎の祖父母のところで育てられたんです。田舎といってもほどほどの田舎ですけど。華蓮だって、その田舎からモデルデビューしたわけですし。駅前には繁華街もあって……」
「お母さんを亡くしたのは幾つのとき?」
神坂晴海はわたしの言葉を遮った。
落ち着きはじめていた心臓が、再びどきどき打ち始める。
冷たい汗が背中をしたたり落ちる不快な感覚。
「7歳のとき、だから、交通事故で……」
「住んでいたところのことを覚えている?」
「実はあんまり覚えていないんです。わりと都会の方だと聞いています。それがわたしのあの悪夢と何か関係あるんですか」
「悪夢にはいろいろ種類があって、それにより対処法が違ってくるんだけど……」
困ったように神坂晴海は顎をさすった。
なにかいいあぐねていて、言葉を探している。
「君の場合は、僕の勘の見立てでよければ、あれなんだけど……、だけどちゃんと調べてみないといけないから……」
「この悪夢はすぐに解決できないということですか?」
「ああ。でもできるだけ早く解決しないと。いつまでも悪夢に悩まされることになる。時間が欲しい」
自信なさげな頼りない感じがする。
だけど、こころのうちを心理分析されなくて、ひとまずほっとしてしまった。
その時、ノックもなしに扉が開き、ド金髪の頭が覗きこんだ。
「こんにちは。空いてますね、神坂晴海先生の事務所デスか。お取込み中でシタか」
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる