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第4夜 夢魔
31、封印
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引き離されたというよりも、引きはがされたという方がより適当な表現かもしれない。
体の内側に無数の電撃針を押しつけられたかのような苦痛がサイラスをおそう。つぶれた悲鳴が歯の間からもれでた。
耳に残る子供の甲高い悲鳴と己の悲鳴が不調和音となって、頭蓋骨内に響く。
そして、背中に強い衝撃を受け、目の奥に無数の星が瞬き、肺の中の空気が全部吐き出された。
呼吸と背中の痛みが落ち着けば、見慣れぬ板張りの天井が目に飛び込み、男の顔が身近にせまる。おのれの腰は膝で、喉元を前腕で男に押さえつけられていた。
まばらな顎髭の男はこの家の主、神坂晴海である。
怒りを帯びた神坂の目を合わせると、神坂は気持ちを落ち着かせるように大きくため息をつく。
ようやく喉元が緩められたが、神坂の警戒が完全に解かれたわけではない。
「サイラス君、いったいこれはどういうことですか。すこし目をはなした隙に、櫻木君になんてことを。僕が引きはなさなければここで何をするつもりだったんですか!」
「ただ、キスをしていただけデス」
「今日会った人に、櫻木君がそういうことを許す人ではありません!」
櫻木美奈も自分の横に倒れていた。
まとめた髪が乱れ、横向きに突っ伏していてその顔がわからない。
「まさか、藤原理事長のご紹介の留学生が女子に乱暴するなんて思いもしませんでした。せっかく部屋を整えたのですが、この館には置いておくことはできません」
「イヤイヤ、乱暴じゃなくて合意デス!悪夢をなんとかしてあげようと思っただけデスよ」
「櫻木君の悪夢をなんとかするだって?そんな依頼を彼女から?」
神坂は傷ついた顔をする。
サイラスは神坂を押しのけた。
細身のインテリの神坂晴海よりも、肩幅でも上背でも、圧倒的にサイラスに分がある。服についた埃をはらった。
「ボクは夢として表層意識に現れる執着を解放してあげるのことが得意なんデス!」
「執着を解放?」
神坂は眉をよせ、顎をさする。
「理事長の言う、以前の君の通う学校で、授業や校外活動に積極的に取り組んでいた役者志望の学生たちが次々と休学や退学、転校していったのと、君の言う執着の解放とは関係があるのかい?」
うなづいた。
神坂は興味をひかれたようである。
「どうやって?」
「夢を共有し、その根っこごともらっていくんデスよ」
「ふうん?そんなことができるのか。櫻木君の場合は悪夢を共有して、その根っこごと引っこ抜くという感じかな?そんなことができるとは驚きなんだけれど」
言葉のまま真に受けて、こともなげにいう神坂の方が、サイラスには驚きである。
「そんなにすぐに信じてもらえるのですか?」
「君がそうだというのならそうなんだろう?」
「簡単に信じたら騙されますよ。ひっこ抜くというのはジジくさいので、食う、という表現の方がボクは気に入ってマス」
なんだか肩の力が抜けてしまう人である。
「それで、成功したのか?一向に目覚めないようだけれど。櫻木君?聞こえているかい?」
神坂の手によって仰向けにされた美奈は、二人の会話が聞こえていないはずはないのに、じっと虚空を見つめている。ゆすっても呼んでも反応を返すことはなかった。
ただし、その目にみるみる涙がもりあがったかと思うと顔にすじを作り流れ落ちていく。
「……彼女の夢は食えたのか?」
「まだデス!悪夢の根幹にまでたどりつけなかったのデス」
はあ、と神坂はため息をついた。
「なら、まだ櫻木君は夢の中というわけか。つらい悪夢から早く目覚めさせなければならないな。で、どんな悪夢だった?」
「それは……」
追われていたこと。
家に逃げ込んだと思ったら台所から何か気配があること。
粘つく水滴のような音。
そして、扉を押して開けようとしたら内側から鍵がかかり、さらにどこかしらかから出現した鉄鎖が、台所をぐるりと封印したことなどを、サイラスは説明する。
「確かに、僕の聞いた悪夢と近い。最後の鎖の封印は彼女の口から語られなかったが。僕が聞いた悪夢の続きを今も見続けているというのであればヤバイな。君が誰かの夢を共有する方法は?」
「キスで」
「はあ?なるほど、口移しか」
神坂晴海は美奈がみている悪夢がそこにあるかのように、見開いた目をのぞき込んだ。
じっくり見つめた後、ひたいにかかる髪を指先でそっと横に流し、両手で頬をすっぽりと包みこんで顔を寄せる。
誰にも割り込めない空気にサイラスは慌てた。
「一体、何をするつもりなんデスか!」
「彼女を呼びに行く。はやく呼びにいかないとこのまま一生目覚めないなんてことになりかねないような気がするから」
「ちょっと待ってくだサイ!ボク以外に、ソレで夢の中に入ることなんてできないデスよ」
「唇を合わせてそれから?」
体の内側に無数の電撃針を押しつけられたかのような苦痛がサイラスをおそう。つぶれた悲鳴が歯の間からもれでた。
耳に残る子供の甲高い悲鳴と己の悲鳴が不調和音となって、頭蓋骨内に響く。
そして、背中に強い衝撃を受け、目の奥に無数の星が瞬き、肺の中の空気が全部吐き出された。
呼吸と背中の痛みが落ち着けば、見慣れぬ板張りの天井が目に飛び込み、男の顔が身近にせまる。おのれの腰は膝で、喉元を前腕で男に押さえつけられていた。
まばらな顎髭の男はこの家の主、神坂晴海である。
怒りを帯びた神坂の目を合わせると、神坂は気持ちを落ち着かせるように大きくため息をつく。
ようやく喉元が緩められたが、神坂の警戒が完全に解かれたわけではない。
「サイラス君、いったいこれはどういうことですか。すこし目をはなした隙に、櫻木君になんてことを。僕が引きはなさなければここで何をするつもりだったんですか!」
「ただ、キスをしていただけデス」
「今日会った人に、櫻木君がそういうことを許す人ではありません!」
櫻木美奈も自分の横に倒れていた。
まとめた髪が乱れ、横向きに突っ伏していてその顔がわからない。
「まさか、藤原理事長のご紹介の留学生が女子に乱暴するなんて思いもしませんでした。せっかく部屋を整えたのですが、この館には置いておくことはできません」
「イヤイヤ、乱暴じゃなくて合意デス!悪夢をなんとかしてあげようと思っただけデスよ」
「櫻木君の悪夢をなんとかするだって?そんな依頼を彼女から?」
神坂は傷ついた顔をする。
サイラスは神坂を押しのけた。
細身のインテリの神坂晴海よりも、肩幅でも上背でも、圧倒的にサイラスに分がある。服についた埃をはらった。
「ボクは夢として表層意識に現れる執着を解放してあげるのことが得意なんデス!」
「執着を解放?」
神坂は眉をよせ、顎をさする。
「理事長の言う、以前の君の通う学校で、授業や校外活動に積極的に取り組んでいた役者志望の学生たちが次々と休学や退学、転校していったのと、君の言う執着の解放とは関係があるのかい?」
うなづいた。
神坂は興味をひかれたようである。
「どうやって?」
「夢を共有し、その根っこごともらっていくんデスよ」
「ふうん?そんなことができるのか。櫻木君の場合は悪夢を共有して、その根っこごと引っこ抜くという感じかな?そんなことができるとは驚きなんだけれど」
言葉のまま真に受けて、こともなげにいう神坂の方が、サイラスには驚きである。
「そんなにすぐに信じてもらえるのですか?」
「君がそうだというのならそうなんだろう?」
「簡単に信じたら騙されますよ。ひっこ抜くというのはジジくさいので、食う、という表現の方がボクは気に入ってマス」
なんだか肩の力が抜けてしまう人である。
「それで、成功したのか?一向に目覚めないようだけれど。櫻木君?聞こえているかい?」
神坂の手によって仰向けにされた美奈は、二人の会話が聞こえていないはずはないのに、じっと虚空を見つめている。ゆすっても呼んでも反応を返すことはなかった。
ただし、その目にみるみる涙がもりあがったかと思うと顔にすじを作り流れ落ちていく。
「……彼女の夢は食えたのか?」
「まだデス!悪夢の根幹にまでたどりつけなかったのデス」
はあ、と神坂はため息をついた。
「なら、まだ櫻木君は夢の中というわけか。つらい悪夢から早く目覚めさせなければならないな。で、どんな悪夢だった?」
「それは……」
追われていたこと。
家に逃げ込んだと思ったら台所から何か気配があること。
粘つく水滴のような音。
そして、扉を押して開けようとしたら内側から鍵がかかり、さらにどこかしらかから出現した鉄鎖が、台所をぐるりと封印したことなどを、サイラスは説明する。
「確かに、僕の聞いた悪夢と近い。最後の鎖の封印は彼女の口から語られなかったが。僕が聞いた悪夢の続きを今も見続けているというのであればヤバイな。君が誰かの夢を共有する方法は?」
「キスで」
「はあ?なるほど、口移しか」
神坂晴海は美奈がみている悪夢がそこにあるかのように、見開いた目をのぞき込んだ。
じっくり見つめた後、ひたいにかかる髪を指先でそっと横に流し、両手で頬をすっぽりと包みこんで顔を寄せる。
誰にも割り込めない空気にサイラスは慌てた。
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「彼女を呼びに行く。はやく呼びにいかないとこのまま一生目覚めないなんてことになりかねないような気がするから」
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