神さまの寵愛も楽じゃない

藤雪花(ふじゆきはな)

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第5夜 鳳の羽

42-2、

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 火矢とともに侵入してきた者たちを殺し、押しとどめなければならない。
 眼下の絶壁の足元では、踊りでた大鳥の男たちと里人との戦闘が始まっていた。
 一族の男たちは訓練しているが、里人の中にも別の、鍛えられた者たちが混ざっているのか。

「あやかしめ!人の姿で惑わしやがって!わしらの前に醜い姿をさらしてみろ!」
 憎しみが突き刺ささった。
 違うということは、醜いということだった。
 それはずっとわたしの人生そのもので、生まれてこの方ずっと背中に貼り付いて離れない。
 魂に刻まれた呪いのようなものじゃないかと思うのだ。
 
「……ミイナ、ここにいたのか。どうして逃げなかった。ここから飛び降りるつもりなのか」
 わたしは、不意に背後から腕をつかまれた。
 振りかえった。血に濡れた刀を握るダイゴだ。
 全身血のりを浴び、血走る両眼も、誰かの血なのかもしれない。
 ダイゴの後から、乱暴に床を踏み近づいてくる音が聞こえる。
 ダイゴはわたしをとっさに背中にかばい、部屋に入ってきた男に刀を突き入れた。
 闖入者はとっさに身をかわす。
 俊敏で軽い。
 その男も身体を朱に染め、刀を持っていた。
 たちまち、なんどか二人の男たちは切り結び、切っ先が桜の枝をなぎ払う。
 はらりはらりと花びらが舞い、床につくまでに巻き上げられる。

「……ミイナをよこせ。お前の死でもって女は助けてやる」
「人間を焚きつけ一族を滅ぼそうとしているヤツに渡せるわけがないだだろう」
「そこから一人で飛び降りろ。翼があるのに墜落死というのも皮肉な運命だろう?ここを襲う奴らも今はまだ確たる証拠があるわけじゃない。族長の死でもって人間を押さえてやる」
「僕が死んでも、ミイナが助かるという保証はない、馬鹿か」
「はは。殺してから蹴落とすことになるぞ。いずれ死ぬことには変わりがない。若さまは俺に一度も勝てなかったからな」

 刃を向けあう男たちは、緊迫した状況にも関わらず言葉を交わしていた。
 だが、ダイゴの劣勢は明らかだった。
 ダイゴと共にわたしはじりじりと縁側の縁ににじり下がっていく。
 男の刀は斜めに閃光を残しながら振り下ろされ、ダイゴは声もなく倒れた。
 光る男の目が、わたしを貫いた。
 わたしはその眼を知っている。
 そんなことがあるのだろうか。
 死んだ男が黄泉の世界からよみがえることなどあるのだろうか。 

「師匠は翼を切り落としただけだ。俺は生かされた。驚いただろう、待たせて悪かった。治療と里人をまとめるための時が必要だった」
 男はダイゴを避けて縁側の際に立つわたしに近づき、血に濡れた手を伸ばした。
「心配しなくていい。ようやくここまで来たんだ。お前はあやかしの一族じゃないと俺が証明してやる。とうとう本当に自由になるんだ」

 黒い煙が部屋に流れ込む。
 火の手はすぐそこまできているのか。
 熱い煙を吸い込みわたしはむせた。
 床が熱い。空気はあぶられ揺らぎはじめていた。

「退路が完全に断たれる前に、外へでるぞ。もう時がない」

 だがヒロの伸ばした手はわたしを抱きしめることができなかった。
 倒れたダイゴの手には刀があり、下から刀を突き上げてこれ以上進むことを許さない。

 それに、一族を滅亡させようとする男の手をわたしは取ることができるはずがないではないか。
 それが、生き返った愛する男だったとしても。
 はじめて男は焦りだす。
 床材や壁に炎の100の小さな舌が嘗めはじめていた。
 天井に黒煙があつくこもる。
 だが足元には、煙とは別種の、ひんやりとした白いものが熱からわたしを守ろうとするかのようにわたしの体を覆いはじめる。
「霧か、まさか結界の?」 
 ヒロがいう。

 晴れた日には海まで見通せる景色は、どこから湧き出したのか霧に覆われはじめていた。
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