神さまの寵愛も楽じゃない

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
97 / 134
第5夜 鳳の羽

43、帰還①

しおりを挟む
 翼の出し方を忘れていたのに、地面に激突する恐怖に自ずとはばたいていた。

「あやかしだ!射ろ!」
「霧でよくわからないが桃色じゃないか?あやかしじゃなく、大きな鳥じゃないか?うわッ、なんだこれはッ。すごい数の鳥だ……」
「とにかく落とせ!鳥か、あやかしかどうかは打ち落とせばわかる……」

 数千の色とりどりの鳥たちも、燃え上がる炎から放たれていた。
 あたり一帯の大気を振動させるごうごうたる羽ばたきの音、恐怖に恐慌をきたした鳥たちが鳴きわめく声が、館が崩れる音と人間たちの声をかき消したのである。

 霧は、煙幕のように視界を不確かにする。
 矢が方々から射かけられていたが通り過ぎた影が、はたして鳥なのか矢なのかわからない。
 地上で矢を放つ者たちがそうであったのと同様に、わたしも天か地か、北か南か、どこに向かっているのか定かでなかった。
 目覚めそうで抜けられない濃霧の悪夢をみているようだった。
 わたしの瞬きまで支配したダイゴも、一族から逃れて自由に共に生きようといったヒロも、炎の中に置き去りにしていく。
 それがわたしを愛した男たちの、最期の願い。
 わたしは、どちらの男からも愛されるにふさわしい女でなかったし、そのいずれの愛もちゃんと応えられない、女としても出来損ないだった。





 世界の境界線が曖昧である。
 このままずっと森羅万象は互いが互いに浸食しあい続けるのだろうか。
 あれだけうるさかった鳥たちの鳴き声はない。
 わたしは大地に仰向けに横たわっていた。
 何かにぶつかったのか、落ちたのか、思い出すのも億劫だった。
 途切れることのない瀑布の音。顔に手に、絶え間なく降りかかる細かなしぶき。
 たどり着いたのは、午後の陽射しを遮る威容を誇るホオノキの根元で、慣れ親しんだ大鳥の山中だった。

「……このような見事な結界は数年ぶりだな」
「ご主人さま、見事といえばこの娘子を愛する男たちもまた見事な死に様でございましたね。ただ、ひとつ残念なのが、せっかく逃がした娘子が、気まぐれな流れ矢にその臓腑を射貫かれたことでございましょうか。まったく、運がないというか」
「いましばし生かすこともできるが、苦しみを伸ばすだけだがどうする?」

 頭上で誰かが会話をしていた。
 聞くともなしに耳を傾けた。最後の言葉はわたしに向けられたもののようだった。
 だみ声の男と、凍った泉を滑るような静けさを持つもうひとりの男を知っているような気がした。
 その時も、この滝壺の縁で、同じように身体が動かなかったのではなかったか。
 男たちがいうように、腹に矢が突き刺さっているのだろう。
 確認するにも手の感覚がなくて動かない。
 血が流れすぎた。
 うっすらと目を開く。視界がぼやけ、男の顔をはっきりと見ることはできなかったが、恐ろしいほど美しい男だということはわかってしまう。そして、冷たい男。
 彼こそ、人ならざる者だ。
 豊臣からの来客を迎えたその中に、ヒロと逃亡したときの宿屋の宿泊客の中に、紛れ込んでいたではなかったか?
 そんな気さえしてくる。

「……逝かせて……」

 そう、ちゃんと言葉にできたのかどうか。
 胸につかえていた苦しみも悲しみも喜びも、人生のいろんな岐路で選択しなかった未来の可能性への羨望も。
 すべてこの身体から吐き出して、生まれる前にまどろんでいたあの虚空の暗闇の中で深い眠りに、ただただ、たゆたいたい……。

 男は娘の頭の向こうに立ち、ミイナの言葉にならない気持ちに耳を傾け、最後の息を吐くのを見守っていた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...