男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

藤雪花(ふじゆきはな)

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第二話 16歳の誕生日

9、16歳の誕生日②

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雪の薄いベールはあっという間に踏みつけられぐちょぐちょになり溶けさった。
結局、このアンジュの気配が残る部屋で二度寝をしてしまう。
王城の外の普段とは違うにぎやかさにようやく目が覚めたのだった。

双子の誕生日はアデール国の春の祭の日でもある。
町中が華やいで浮き立っていた。
王城には城下の町ごとの代表や職業集団の長や先生が、町の若手たち、腕に自信のある職人、成績優秀の生徒たちを引きつれて、時間前に列をなして城門が開くのを待っていた。
何かを代表しているものでなくても、並ぶことができた。
そういうものは別の列で、目いっぱい着飾った若い独身の男女が多いようである。

彼らの訪問の目的は、毎年恒例の、聡明な王と慈悲深き王妃に春と双子の誕生の祝い奏上を述べること。
そして、その横に立つアデールのふたつぶ真珠、アンジュ王子とそしてロゼリア姫を間近に排顔し、できうるならば言葉を交わすこと。
手持無沙汰な彼らに花を売るものもいる。
温室で育てた色とりどりのチューリップに、大輪の華やかな芍薬は独身男女の列に飛ぶように売れていく。

王城は、王やその側近らが起居する場所でもあるが、民の巨大な備蓄食料倉庫でもあり、軍事施設であり、巨大な集会場であり、避難施設でもあり、訓練場でもあり、文化施設でもある。
普段から出入りをする者は多い。
王城に住む双子の姫はその利発で元気な王子とは違って、生来のつつましさから普段はなかなか目にする機会はなかった。
だが今日であるならば、その深窓の姫に必ず対面できる、そういう特別な日なのである。


その肌は、淡雪のように薄く、繊細で艶やか
その唇は、いつも優しい笑みで心を解きほぐす
その声は、花の香を乗せ梢を抜ける春風のように甘く心地よく胸に染みとおり
その髪は、黄金に輝く絹糸。
その髪に手を伸ばし口づけをして、罰を受けた若者は数知れず

だがそして、けっして姫の瞳をのぞき込んではならない
瞬間心を盗まれてしまう
ああ、麗しきアデールの双子
アデールの赤に頬を染める
アンジュとロゼリア


ロゼリアは思わず口に含んだパンを噴出した。
それは子供たちが歌うざれ唄だった。
謁見を待つ子供たちが歌っていたもので、最後の最後で誰のことを歌っているのかを知ったのだ。
控えていた女官のフラウが、すました顔でロゼリアに口直しにオレンジジュースを薦めた。

「なに、あの歌は!」
「あれは最近よく歌われておりますよ。お聞きになられたのは初めてですか?」
「初めて聞いたよ、、、」
「今日は、姫の顔を間近で見られるということで皆が浮足だっております。
早く食事を召し上がられて、迎え入れなければなりませんよ」
ロゼリアの食欲は急激になくなっていく。
「淡雪のような肌、優しい笑み、春風のような声、、、それがわたしか?」
「アンさまの姫はそうでございました。つつましやかでお優しく美しい、というのが大多数の方の姫の印象です」
「わたしは、その姫になれと?」

フラウは残念そうにロゼリアを眺めた。
そのような視線を向けられるのはフラウぐらいである。

「ロゼリアさま、お言葉遣いと雰囲気がまるで、、、男性です。今日から終日姫なのですから、お気をつけくださいね?できないわけではないことを、わたしはお側にお仕えして存じ上げておりますから」

女官のフラウはロゼリア付きの女官である。
アンジュ王子として振舞っていた時も、常に彼女が側で助けてくれていた。
今も、ロゼリア姫付きとしていてくれる。
将来、姫になったときに恥ずかしくないように礼儀作法、教養のクラスを受けている時も一緒である。
兄の婚約者である従妹のサララと同様に、初めて入れ替わった10年前から仕えてくれる頼りになる友人のようなものであった。
ロゼリア付きになったのが15の時だったので、今は25の女ざかりである。

「だが、あの歌は、姫としてのハードルが高すぎないか!!」
「いうとするならば、高すぎはしないでしょうか、ではないでしょうか。
いえ、高くはございません。肌は美しく、声は張りがあって涼やかですし、おぐしは美しいですから」
「わたしと目をあわせたら心を盗まれるんだぞ?」
フラウはロゼリアの顔を覗き込んだ。
「大丈夫でございます。心を盗まれたい方は、緊張でお顔をまともに見ることはできませんし、見たとしても恋のベールで盲目というフィルターがかかり、冷静に判断することはできないでしょう」

「つまり、どういうことだ、、、、ですか?」
ロゼリアは語尾を気を付けた。
遅かったが。

「つまり、いずれにしろ、ロゼリアさまはどう転んでも美しいということになるので、大人しくしてにっこりと笑っておられたらいいだけです。王子になるよりも簡単ですよ」
フラウは自信をもって、ロゼリアを勇気づけた。
その言葉をロゼリアは反芻する。
つまり、ロゼリアの顔の造作の美醜など関係ないから安心しろということだった。
それはそれでどうかと思う。

「さあ、早く召し上がってください。人前にでるための女性としての準備もございますから」
それに皆さまの期待もありますし、と付け加える。
とても楽しそうなフラウがロゼリアには恨めしい。

彼女はロゼリアが胸に晒を巻くのを毎朝手伝ってくれていた。
無頓着に日焼けをして肌が荒れること嘆き、寝る前に蜂蜜を刷り込んでくれたこともある。
剣術と体術の稽古で青あざや切り傷を作っては、怒りにディーンに小言を直接言ったこともあるという。
胸に固く晒を巻くこともなく、ディーンとの稽古も姫としてはもう必要がないのだ。
ロゼリアは本来あるべき深窓のお姫さまになる記念すべき一日目なのだ。

フラウはロゼリアの肌も髪も美しく整える。
長い髪は王子はきつく三つ編みをするだろう。
ではロゼリアは高く結んで後ろに流すのだ。
柔らかな天然のウエーブがかかった髪はそれだけで華やかである。

「香水は勘弁してくれ」
仕上げにバラの香水をと手にしたフラウは悲愴な顔をしたロゼリアに押しとどめられる。
素直に香水はあきらめた。
だが、昨晩はロゼリアにバラのオイルのマッサージをしている。
バラ水の化粧水である。
ロゼリアは気が付いてはいないかと思うが、すでにふんわりと優しく香るのだ。
「はい。仕上がりました」

鏡の中には、アンジュが選んだドレスと飾りをすべて却下し、クローゼットからロゼリア自ら探しだした、シンプルな膝丈のワンピースのロゼリアがいる。
鄙びた田舎の王国では床を掃除するようなドレスを着なくても、女がワンピースを着るだけで十分おめかしをしていることになる。
その方が、姫の伸びやかなおみ足が引き立つとフラウは思う。

王妃は伝えなくていいといっていたのでフラウは伝えてはいないのだが、今日は賓客たちが訪れる。
そのいずれもが16歳の誕生日を迎えた深窓の姫を主君の、もしくは己の、結婚相手にと考えていると思われた。
森と平野の国々を圧倒的な力でまとめ上げているエール国からの使者も来るという。
その他、連絡をもらっていない国々の者もくるはずである。

アデールの紅色に輝く、麗しき双子。
アデールのふた粒真珠。

フラウが仕える主人は気にもしていなかったのかもしれないが、その呼び名は遠方にまで知られているという。
アンジュの姫は深窓の姫だったので、王子に扮していたロゼリアがその評判を生んだ大元の原因であることは間違いがない。

王子があれだけ美しいのであれば、当然双子の姫も美しいのだろうということなのだ。
そんなことなど己の容貌に無頓着な主人には思い当たりもしないことなのだろう。
そして、ロゼリアは結婚の相手としてふさわしい姫か、噂が真実かどうかを今日、検分されるのである。

フラウの気合が入る。
そうして、ロゼリアがロゼリア姫となる、苦難の初日が動き始めたのである。




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