運命の子【5】~古き血族の少年の物語

藤雪花(ふじゆきはな)

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長期休暇の過ごし方

4、ズインとムハンマド

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少人数でも学生が残るバラモン王都国立学校は夜も警備が厳重である。
警備兵に顔を照らされる。
眼光が鋭い褐色の肌の赤毛の男だった。
男は無言で学校の警備私兵の間を抜ける。

(まさか、バーライト王か!?)

(いや、ムハンマド王弟だ。胸に鷹の紋章もあった)

ムハンマドとバーライト王は非常によく似ている。より激しく猛々しい雰囲気を漂わせている方が王弟である。


大きなベッドの上には泣きつかれた黒髪の若者が金茶の大きな豹を胸に抱き、人より高い体温の毛皮に、触れられるだけ触れていた。
リリアスの部屋の鍵が回される。
入ってきたのは赤毛の男だ。
ランプをテーブルの上に置く。
部屋を見回し旅支度を見てとっていた。
ベッド本気まじの上で豹に体を巻き付けて眠る恋人の姿をみる。
豹は顔をあげて、トパーズの宝石のような妖しく美しい目で夜中の侵入者を捕らえていた。

「ズイン、離れろ。ここはお前のいる場所ではない」

豹はリリアスの絡まる腕と脚をすり抜けて、ベッドから軽い音をさせて降りる。
頭を低く落しうなり声が尖った牙の隙間から漏れでていた。
野性の体を斜めにし、威嚇のポーズをとった。

ムハンマドは、ためらわずシャンっと音をさせ帯刀していた反り上がる片刃の剣を抜きさった。
彼は正確に豹の殺意を読み取っている。

「リリアスが気に入っているから狩りたくはないが、言いたいことがあるなら人形ひとがたに戻ったらどうだ?
私はその斑点の毛皮をリリアスにプレゼントしても良いが」

豹は剣先が揺らめくのを見、豹形から人へ、金髪の若者の姿を取り直す。

「勝手に入ってくるとは、バラモンの王族は失礼だ」

ズインは自分のシャツを羽織る。
人形に戻る時はまっ裸である。

「わたしの恋人のベッドに潜り込む方が罪だとは思わないか?」

二人は睨みあった。
人に戻ったズインの半裸の姿は妖しく美しいが、ムハンマドには何の感動も呼び起こさない。

「彼女が悲しんでいるのを男として慰めたくなるのは当然でしょう?リリアスがあなたのことが好きだから何もしないけど、あなたがこのまま彼女を傷つけるならば、奪いさることもいとわない」

ムハンマドは金属をこ擦り合わせる音をさせて剣をしまう。

「リリアスにはあちこちつきまとう者がいて本当に困る。喧嘩さえもできないなんてな」

「喧嘩の理由は?」

ふっとズインは聞きたくなった。
リリアスが泣いて町を走っていた時、リリアスの乱れた感情に呼応して、空には黒い雲が渦巻きだし、冷たい風がアルゴンの街を走り、枯葉を巻き上げ出していた。
そんな理由を作り出した原因を知りたくなったのだ。
ズインは彼女には根掘り葉堀り聞くのは失礼かと思うが、自分にもそれを知る権利があると思った。
ムハンマドは落ち着いて眠るリリアスを見た。

「今度のパリスの300年祭にリリアスを連れていけないと言ったからだ」

ズインは驚いた。
ムハンマドとリリアスがこの長期休暇の期間中に離ればなれになることを想像もしていなかったからだ。

「それは怒る!」

ムハンマドは苦笑する。
「わたしもそれはわかっているが、いかせたくない理由があり、リリアスにはわかってもらえない」

ムハンマドはベッドに寄り腰を掛けた。
リリアスの頬を撫でる。

「あれだけ力を暴走させていたのに落ち着いている、、」

「リリアスは力の使い方を完全にはわかっていないようだから教えた。彼女はもう、自分で回復させることができる」

「ああ、ブロシャン国は樹海と同様に古い精霊の国なのだな。バラモンではさまざまな知恵が忘れ去られてしまった」

ムハンマドはズインを見た。
その表情から殺気が消えている。

「この休みリリアスをブロシャン国に連れていってくれるのか?」

それはパリスに連れていけないムハンマドの、最大の譲歩だった。
獣の精霊の国でリリアスにはバラモンでは学べないことを沢山学ぶことができるだろう。
現に、冷えきったリリアスを暖めに来たが、その必要がないぐらいにムハンマドの恋人は落ち着いていた。

「わたしはそのつもりだけど、リリアスの気持ち次第だよ。連れていってリリアスが帰りたくないと言うなら、そのまま帰すつもりがないのは覚えていて」


リリアスは籠から出してはいけない小鳥だ。飛び出すと二度と戻ってこないかもしれない。
いつも自由と冒険を求めて目を輝かせている。
それでも、今回のパリス行きには連れてはいかないつもりだった。

「それは大丈夫だ。お前がブロシャンにリリアスを囲っても私は森を焼きつくしても取り戻すからな!」

再度ぎりっと二人は睨みあう。
だが、退いたのはムハンマド。
眠るリリアスの唇にキスを落とす。
軽く大きな精霊の紋様が浮かび上がる。
複雑で美しい紋様が三人を照すが、夢のように消えていく。
精霊の加護を持つもの同士で現れでる煌めく紋様だった。
眠るリリアスはさらに求めるように唇を開くが、それは与えられない。

「ズイン、リリアスを守ってくれ」

ムハンマドは先程までの対立を感じさせない、真剣な目で若者ズインをみた。
ズインがいるなら大抵のトラブルは避けられる。
自分の目の届かない間、リリアスには護衛に数人親衛隊をつける予定ではあるが、彼にもまかせようと思ったのだった。
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