運命の子【5】~古き血族の少年の物語

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
17 / 41
呪術の森

16、過去生

しおりを挟む
リリアスとズインは樹海の森に足を踏み入れる。
ひと足入るだけで空気が変わる。
耳がキィンとする。
現し世の境を越えたような、不思議な感覚。

リリアスはいきなり現れた原生林の道なき道を進む。
ズインはリリアスの後ろにぴったりつく。
この森はズインの南の森に比べて静かであった。
南国の植生とは異なる、広葉樹とシダ類と下生えと少しの日溜りと、小動物や昆虫などの小さな生きものの気配。

「道はわかっているの?」

ズインはずんずん進んでいくリリアスに声を掛ける。
ここはリリアスの生まれ故郷だ。
ズインにはわからない目印があるのかもれない。
リリアスは立ち止まり、うっそうと茂る樹木の合間から漏れる日の光を、眩しげに見た。

「ここから入ったのは初めてだから、僕にもわからない」
リリアスは振り返り、にっこりズインに笑いかけた。
「多分それほど迷わず奥の村にいけると思うけど、昔はまったく迷わなかったよ」
ズインは少しほっとする。
しかし、リリアスは続けた。
「昔は外にでられなかったんだ。
今度はたどり着けないかもね?ひとまず奥へ進もうか?」
ズインは一抹の不安を感じたのだった。

樹海は人を迷わす。
いにしえに無法者の侵入を防ぐために、強い呪術がかけられた。
多くの侵入者たちは方向感覚を狂わされ、ぐるぐると同じところを彷徨った。
あるものは二度と帰って来なかった。

リリアスは最初のうちは、奥に入れば知っている道に出るのではないかと思っていた。

一時間、二時間、三時間。
日も高くなるのに一向に知った道に出ない。
樹海の民の気配はない。
リリアスはくたくたに疲れていた。
先の見えないのことにより疲れが増す。
ズインも同じようだった。

「闇雲に歩き回るのはやめて、精霊の力を使わないか?さっきから何かの気配を感じるんだ。変身してもよい?」

ズインはブルッと体を震わせて、大きな豹になる。
森の奥に耳をすませる。人より聴覚が数千倍良くなる。
彼の耳は何かの音をとらえていた。

「待ってズイン行かないで!ここで別れたら会うのは難しくなる!」

だが、ザンッとズインは森に入った。
リリアスは慌てて追いかけるが、その金茶の姿を見失ってしまう。
リリアスは一人になった。

(なんで樹海で育った僕が迷うんだ?)

リリアスは泣きたくなってきた。
一度も想像したことのない状況だった。
肺に入る酸素が痛い。
森の生み出した空気が肌に痛い。

(樹海が奥にいれたくないと思うほど、僕は汚れてしまったんだろうか?)
と思う。

樹海の民であっても、一度外の世界に出れば再び戻ってはこられないのかも知れない。

(樹海を出てもう3年。あの時はこの閉じられた小さな世界から飛び出していきたかったのに)

(どうしてこんな森ができたんだろう?たいしたものなんてないこんな森、、)

リリアスは腰を下し、苔生す大木に背中を預ける。
その体勢で、侵入者の白骨死体がいくつもあることは思い浮かばない。

少し休もう。
運が良ければそのうちに、森に消えたズインが戻ってくる。

リリアスは目を閉じて意識を広げた。
空、風、火、水、土の精霊の力を感じる。
非常にバランスの良い感じだった。

バラモンでは火が強すぎる。
パリスは水が強い。
北の国は全てがゆっくりで、、。

そんなことを思っているうちにリリアスは眠りに落ちた。
呪術の森に、静かにリリアスは取り込まれていく、、、。



「おまえ、この森の者か?」
リリアスは飛び起きようとして、動けなかった。
体を押さえ込まれていた。

(誰っ)

リリアスは目を開ける。
キラキラ金茶の髪が眩しい。
紺碧の瞳には星が煌めいていた。
自分を押さえつける若者をリリアスは知っていた。

「ルージュ!!」

自分の声が裏返ったようだった。
ぱっと紺碧の瞳が離れた。
14、15才ぐらいだと思った。

「わたしはルージュではないぞ。ルシルだ!この先の街のものだ」
再び、紺碧の瞳がリリアスを射る。
「お前は誰だ?」
リリアスの唇が言葉を紡ぐ。
「僕は、リシュア」

自分の声ではない。
パニックになる。
ここはどこで、なぜ自分の口が別の名を、違う声で言うのか?

「押さえつけて悪かった。この森に棲む者はすぐに消えるというから、消えないように捕まえていたんだ。同じ年ぐらいか?」

キラキラ輝く屈託のない目。
リリアスはルージュに似た若い男から目が離せなかった。
だが、実際に離せなかったのは、この体の持主、リシュアかも知れない。

「僕も街の人と話したのは初めてだ。よろしくルシル!」
リシュアはルシルを一目で気に入ってしまった。


森の皆が、街の人とは関わるな!と口を酸っぱくして言っていたことが頭を掠めるが、目の前のルシルはきれいで、明るくて、一緒にいて楽しかった。
なぜに関わってはいけないのかわからなかった。

リシュアは、遊びに来るルシルと森を駆け巡り、一緒の時間を過ごした。
ルシルは芝の上で横になり、手をのばしてリシュアの黒髪を触る。

ルシルはリシュアの闇のように艶めく黒髪と、宝石のような黒い目が大好きだった。
彼らは戯れのようなキスを交わす。
リシュアにとって初めてのキスだった。
ルシルは自分から唇を寄せたのに、慌てて離れる。
「ごめん、リシュアがきれいだったから思わず、、」

季節は巡り、何度目かの春が訪れる。


ああ、これは過去のこの森の記憶だ。

リシュアの中にいるリリアスは理解する。
呪術の森は人を惑わす。

リリアスの意識は森の呪術に囚われて、過去に飛ばされたのだった。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

学園一のスパダリが義兄兼恋人になりました

すいかちゃん
BL
母親の再婚により、名門リーディア家の一員となったユウト。憧れの先輩・セージュが義兄となり喜ぶ。だが、セージュの態度は冷たくて「兄弟になりたくなかった」とまで言われてしまう。おまけに、そんなセージュの部屋で暮らす事になり…。 第二話「兄と呼べない理由」 セージュがなぜユウトに冷たい態度をとるのかがここで明かされます。 第三話「恋人として」は、9月1日(月)の更新となります。 躊躇いながらもセージュの恋人になったユウト。触れられたりキスされるとドキドキしてしまい…。 そして、セージュはユウトに恋をした日を回想します。 第四話「誘惑」 セージュと親しいセシリアという少女の存在がユウトの心をざわつかせます。 愛される自信が持てないユウトを、セージュは洗面所で…。 第五話「月夜の口づけ」 セレストア祭の夜。ユウトはある人物からセージュとの恋を反対され…という話です。

処理中です...