王族の子【4】~古き血族の少年の物語

藤雪花(ふじゆきはな)

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パリスの第一王子

24、運命の足音

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リリアスはびっくりして、カルを見た。既にヤル気満々で、上着を脱いでいた。
意外と丁寧に鍛えられた感じの体だった。

「何か、余っている上着とベルトを借りれないかな?」

「だめですよ、怪我でもしたら案内した私が怒られてしまいます!」

見学者が飛び入りで体術勝負を挑む気配に、学生たちはすぐに気がついた。
誰かの予備が渡される。
こういうことは、学生たちは大好きだった。
自信のある大人を正々堂々と負かす喜びだ。もちろん節度を守ってのものだったが。

「わたしでよろしいでしょうか?」
トムが名乗りをあげる。

リリアスはトムなら加減を忘れないから大丈夫だと思う。東の国のカルがどこまでできるかわからないが、毎日鍛練しているトムの方が強いはずだった。

練習を止めて、急遽始まった試合に人が集まってくる。
カルにはよい師匠がついているのだろう、非常に良い勝負をする。
次第にトムに焦りの色が見えてきた。
ダン!と足を掛けられ、トムは背中を地面に落とされた。

「一本!」

どよめきが上がる。
まさかトムが敗れるとは思ってもみなかったからだ。

「次のお相手は誰が?」

カルの息は上がっていない。
強敵とわかって皆が譲り合っている。
その後二人と勝負し、圧倒的な強さで一本を決めていく。

「強いぞ!この金髪!」

「お次は?」

ようやく呼吸が乱れてきた。
カルに勝つなら今だった。

「ではわたしが」
リリアスは前にでた。

「やめとけよ、俺がやる」

アルマンが制止するが、リリアスは見ているうちにスイッチがはいってしまっていた。アルマンは渋々、彼の予備の上着を貸す。

「君がするの?まさか!」

細身の女のようなリリアスが名乗りをあげたのに驚く。
さらに、集まった学生たちは真剣に止めようとしない。
この若者は見た目によらず、強いのかも知れなかった。

「僕のは競技よりというよりも、実戦より。綺麗な形ではカルさんには勝てない気がしたので、わたしと勝負です」

「いや、でも、、、」

カルは女のようなリリアスと向かい合った。リリアスが学生たちより強いとは思えなかった。
注目を浴びるなか、カルとリリアスの勝負が始まった。

(この人は正統派だ。早く軽い綺麗な技を決める)

リリアスは間合いをとる。
先に仕掛けたのはリリアスだ。
軽く襟をとる。
弾かれるが、何度か試みようとする振りをする。
そこから、構えのない蹴りをいれる。
カルは前腕でしのいだ。

もう一度、同じ位置に同じものをいれる。
今度は押し返されるので、その力を利用して反対回りの高さのある蹴りをいれる。
すかされた。両足をついたところで、カルはリリアスの襟をとった。

リリアスも同じ側の襟を掴む。
今後はカルがぐいっと襟をゆすった。
たまらず、襟を握る手が離れる。
襟とベルトを取られたと思った瞬間、蹴りあげられ宙を跳ぶ。

背中を着くと勝負が決まる。
リリアスは蹴りあげられたときに体をひねり、襟とベルトを掴む手から逃れる。
蹴りの勢いで飛ばされるのをほんの少し風を使って浮かせ、くるっと一回転し手と片膝を立てて着地する。
カルはリリアスが立ち上がるのを待った。
もう一度、襟を掴む。
今度は足をかけるが、リリアスは軽やかにかわす。
リリアスには筋肉の緊張を見てとり、一瞬先の仕掛けがわかるのだ。
次のを狙って、カルをすかし、さらに、すかした先へ押し込む。
カルはバランスを崩して辛うじて横倒しになる。
そこをリリアスは押さえ込んで、体重でカルの背中を地面に押し付けようとする。

「おお~!」

なんとなく、うらやましげなどよめきがあがる。
カルはリリアスから逃れようとするが、リリアスは逃さない。
とうとう、カルが根負けし背中が土につく。

「一本!」

リリアスの勝利だった。
カルを解放し、手をつかんで起こすと、カルはキラキラした青い目でリリアスを見ていた。
青い目に星が煌めいていた。

「強いね!」

勝負の顔から、顔は赤く興奮はしているが、はじめの優しい笑顔に戻っている。
リリアスに負けたのに、悔しさを現さない、非常に潔い紳士的な態度だ。

リリアスは不意に気がついた。
金茶の髪、星の散らばる青い目。

彼は、パリスの王子ルージュに大変良く似ていた。ルージュの少し傲慢なところは、彼には見えない。
雰囲気がまるで違うので、わからなかったのだ。

カルは呆然と立ち尽くすリリアスの上着の砂を払い、自分のも払う。
リリアスにはつい、構ってしまいたくなるのはこの濃い金茶の訪問者にとっても同じようだった。

「無茶を聞いてくれてありがとう!」

カルは勝負服を返して、丁寧にお礼をいう。
健闘を讃えた大きな拍手がカルに贈られる。
照れもせず、嬉しげにカルは手を振る。
非常に讃えられることに慣れている感じだった。

カルはリリアスの肩をとって、体術の場から連れ出した。
木陰の道に入る。
客人の宿舎へ二人の足は向いていた。

「すごく楽しい時間だった!君と勝負して負けるなんて思いもしなかったよ!」

リリアスの顔を覗きこむようにして、みた。

「この学校は有力貴族の息子や子女が通って、将来の伴侶や士官先を決めるというけれど、君はあと取りだったりするの?」

リリアスは吸っても吸っても酸素が取り入れられないような苦しさを感じた。

「私の国にこない?私の国は砂漠の国と違って水の国。運河の流れる雅な国だ。
きっと気に入る」

少し遠い目をしていた。そのまま、リリアスを重ねて見る。
とうとう、男は言った。

「わたしは、パリス国の第一王子カルサイト。君を連れて帰りたい。卒業まで待ってもいいが、、」

リリアスは断らなければならない、と思った。
こういうリクルートもよく行われることではあり、誰がどこに誘われたなどリリアスもよく聞いている。
しかし声がでない。


古き失われた王国と侵略者パリス国の間でかわされた、代替りの度に行われてきた約定ーー。

パリスが樹海を守る代わりに、樹海の民はいにしえの宝をパリスの次期王に引き渡す。
2年前のあの日、輝石とリリアスは、次期パリスの王に引き渡された。
次期パリスの王候補は二人いる。

あの日訪れた、樹海の掠奪者第二王子ルージュ。
そして、第一王子カルサイト。

(約定は輝石で釣りあっている。僕は自由な人だ!)

そうは思っても、忘れた頃に夜の夢に現れるパリスの第二王子。
繋りは完全に断ち切れていない。
いずれ、はっきりさせないと、という思いはあったが、今ではないと思ってやり過ごしてきた。


リリアスは運命の足音がすぐ後ろに迫っているのを感じた。
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