悪女がお姫さまになるとき

藤雪花(ふじゆきはな)

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第一章 満月と新月の夜

第5話 眠れるお姫さま

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 アストリア王国は貿易中継地として外貨を獲得する貿易国である。
 白波がたつ湾には、入港を待つ貿易船が浮かぶ。道路が葉脈のように張り巡らされ、雑多な色屋根が混ざり合った港町の全貌を望める高台に、白く輝くアストリア王城が屹立する。


 馬車の窓の向こうには馬車と同じスピードで騎士たちが疾駆する。
 首を伸ばして前方をみると、先頭はセドリック騎士隊長、その横に騎士見習いが、蹄の音を響かせ青いマントをはためかせている。

「危ないからおとなしくすわっていろ。俺が有能な魔術師であったとしても首と胴体が離れたやつを生き返らせることはない」
「そうだ、言い忘れていた。肘と膝のひどい怪我を治してくれてありがとう」
「包帯をぐるぐる巻きにした助け手なんて恰好がつかないからな」
「首と胴体が離れてしまう以外なら、なんでも治せるの?」
「そういうわけではない。治療する相手に強い光の命があれば、魔術との相乗効果で治療できるが、人によって内側に持つ光の質は違う。すべての者を君のように一晩で治せるわけではない」
「異世界からわたしを見つけ引き寄せ、治療ができる。他に魔術師は何ができるの?」
「国を守るために槍になり盾になる」

 具体的に火を放ったり、雨を降らせたり、といったことを期待していたわたしはそっけない返事に拍子ぬけする。

「これから城に入り、御前に挨拶することになるが、君は俺が見つけ出した存在だ。堂々と胸をはっていたらいい」
「光輝く強い命、だっけ?」

 魔術師(イマーム)シャディーンはうなづいた。
 わたしには自分がそんな存在であるとは感じられない。

「……異世界の娘は王の御前に行くのに緊張していないんだな」

 感心したようにシャディーンはつぶやく。
 入城した馬車から、シャディーンに手を引かれて降り立った。

 敬意を表して王の前では冬用ジャケットをキチンと着ることにする。
 少年楽団の膝上のスカートに生足を出し、男子の髪型だというわたしを、セドリック騎士隊長と同年代ぐらいの王はひるんだ様子もなく抱きしめた。王妃にしては10ほど若そうな金髪の女が盛大に鼻をすすりながらその次に抱く。
「その、奇抜な恰好に、もろに脚をさらしても恥ずかし気も感じないという羞恥基準の差、まさしくそなたは異世界の娘!ラソ・シャディーン、感謝するぞ!」

 歓迎されているのはわかった。
 対面した後、盛大な歓迎の宴が準備されているという。

「ラソ・シャディーンから詳細はまだなんだろう?宴の前に、わしの宝、レソラに会っていただきたい」

 レ、①貴婦人。淑女。②美しい人。
 ソ、①唯一無二の。②大事な人。命。
 ラ、貴族。高貴な。

「唯一無二の美しい……姫?」
 言語理解の能力と共に備わったものを動員して、レソラの意味を探る。

「そうじゃ。わしの娘、わしの命、我が国の輝ける至宝、アルメリア国第一王女のジュリアは、長らく病に伏している。光輝く強い命を持った娘が、きっとジュリアに光を照らし、再び輝く笑顔をとりもどさせてくれることになるはずじゃ」
「レソラ・ジュリア……」
「そなたは、ふじさきじゅり……じゅりといったな。ジュリアとじゅり、名前まで似ておる!シャディーン、今度こそ、期待しておるぞ!」

 王城の奥深くに、中庭に突き出たテラスをガラスで温室のように囲う部屋がある。
 その中は、ジャングルのように美しい花々とモンステラやコウモリランのような観葉植物で満たされていた。
 魔力で管理されているブーンという空調の音が聞こえる。
 猛暑でも極寒でも、この部屋は快適に整えられているそうである。

 陽光が降り注ぐ真ん中に、モンゴルのゲルのように真ん中を天に突き立てた形の、シルクの天蓋が光を浴びてきらめいていた。

 帷子の騎士と魔術師と王さまが存在する異世界の、さらにその王城の奥つ城に孕む異空間だった。

 完璧に空調が管理されているはずなのに、鳥肌がたつような肌寒さを感じる。
 異質でどこか危険。海辺でシャディーンとあったときと同じだった。

 シャディーンは紗幕を引き、わたしが中に入ることを促した。
 キングサイズのベッドがあり、娘がひとり横たわっていた。
 長い黒髪をベッドに一本もよじれることなく扇状に広げ、ベッドの淵から幾筋か零れ落ちる。
 温度のない陶器のような真っ白でなめらかな肌。
 つんと突き出た鼻。
 血の気はないが今にも笑みをうかべそうなふっくらした唇。
 長いまつ毛も完璧で、みつめているうちにまつ毛が震えて目を開きそうな感じがした。
 氷の人形か、そうでなければ既に亡くなっているのではないかと思ったが、体を覆う薄いシーツがゆったりとした呼吸の動きにあわせて上下していて、かろうじて息をしているのがわかった。

 眠れる森の美しき姫、それがレソラ・ジュリアだった。

「……彼女は毒リンゴを食べたの?」
「毒リンゴ?食べていない」
「彼女はずっとこの状態なの?」
「そうだ」
「どうしてこうなったの?」

 シャディーンはとつとつと語りだした。
 昨年、王城に忍び込んだ暴漢に襲われたこと。
 体の傷はたいしたことがなかったが、暴漢は魔術を使い、ジュリア姫の心が砕けてしまったこと。
 それ以来、ずっと眠り続けていること。
 さまざまな手を尽くしたが、目を開くことがなかったこと。
 シャディーンの治療魔術では、砕けた心は修復できないこと。

「どうしてジュリア姫が狙われたの?」
「ちょうど、帝国の王子との婚約話が持ち上がっていた。今年、帝国に行く予定だった。姫が帝国の次期皇帝の妃になることを望まない奴らが存在する」

 シャディーンの宝石のはまる指が伸びて、その指先だけで姫の黒髪に触れる。
 今朝その指が触れていたのはわたしのちんちくりんの髪だった。

「姫の心を回復させるには、君が必要だ」
「光輝く強い命を持つというわたし?が何をすればいいの?」
「簡単だ。毎日少しの間だけ姫の手を取ってくれたらいい」
「それだけ?」
「まずはそれだけ。半月後の新月の夜に、一度儀式を行う。それで様子を見る。一度で効果があるとは思わないが姫がめざめなければ、その次の新月の夜に同様の儀式を行う。すこしずつ砕けたものが修復されていくはず。何度か繰り返すことになるだろう」
「拒否することもできるのよね?」
「もちろん。気が向かなければ断ってくれていい。協力してくれるならば、君は他国から姫の病気を聞きつけて見舞いに来た友人として、この王城に賓客として滞在することになるだろう。王城に君の部屋が用意されている。侍女もつけてくれるそうだ。夜ごとパーティーを開いてもいい。多方面にわたって姫と同等の権利が保証される……」
「姫と同等って好条件過ぎない?」
「それだけジュリア姫が大事だということだ。皆、姫が再び目を開き、その声を聞きたいのだ」

 皆ではなくてあなたでしょ、そう言いかけて言葉を飲み込んだ。
 語る間、秀麗な魔術師の目はずっとジュリアに注がれている。
 シャディーンの愛はこの眠れる姫にある。
 彼女を目覚めさせるためだけに、わたしを異世界に引き込んだ男。

「目覚めても彼女は帝国の王子?と婚約するのにそれでも目覚めさせたいの?」
 シャディーンの顔がゆがんだ。

「未来は不確定だ。常に揺れ動いている。ジュリア姫が目覚めれば、彼女が望む別の未来が拓けるだろう」
 
 シャディーンが出ていき、わたしは緑と花に彩られた棺桶のような部屋に残された。

 わたしは胸で結ばれた姫の手を取ってみた。
 わずかな抵抗が感じられる。
 関節からきしきしときしむ音が聞こえそうだ。
 じっとあおむけで寝ていたら、身体も固まるだろう。
 ちょっと考えて、姫の体を横向きにすることにした。
 髪が乱れたが、侍女が世話をしているというので、またキレイにすいてくれるだろう。首がのけぞったので慌てて枕を重ねて頭を高くする。

 何もせず握り続けるのは苦痛だった。
 これから毎日、10分ほど手をつなぐ。
 それでわたしは姫と同等の扱いを受ける。
 これっておいしすぎるではないか。

「はじめまして。えっと、聞こえている?聞こえると思って話すわよ。面白かったら何か反応を返してくれたらうれしいけど。わたしは藤崎樹里。高校三年。一か月前に処女喪失したの。皆がうらやむ都会の大学に、推薦入試で早々に合格を決めたのよ。見かけによらず頭はいいのよ。わたしたちのグループには、イケていない女子は入れないのよ。自他ともに認める悪女よ。自分で悪女っていうのも笑えるよね。だって、友達の彼を奪ったんだから。ひどいでしょ?だから、ジュリアもわたしにシャディーンを奪われる前に、目覚めなさいよ……」



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