悪女がお姫さまになるとき

藤雪花(ふじゆきはな)

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第一章 満月と新月の夜

第4話 騎士団

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 王城に向かう前の出来事をもう少し。
 ここで、同年代の若者、見習い騎士のハリーと出会ったのだった。





 言葉が理解できるようになって、キスの衝撃から立ち直ってようやく周囲を見回す余裕が生まれた。
 山小屋風の民宿のような、木をふんだんに使った素朴な内観である。
 部屋にはベッドが二つ。
 もうひとつのベッドは、寝乱れて黒いマントがベッドの縁に掛けられていた。
 とっさに心の目で体の内側を探った。
 どこにも痛みもごわつきも違和感がなくて、気が抜ける。

 それぞれベッドをひとつづつ占領して睡眠をとっただけなのは明白だった。
 この美貌の魔術師と深い関係になるのはまだ早い。
 ほっとしたのか、残念なのか。
 いずれにしても、意識があるときがいいに決まっている。

 着替えた覚えのないワンピースのような寝巻を着ている。
 見回しても制服はこの部屋にはなかった。
 シャディーンはわたしのこそりとうかがう視線にも動じず身支度を整えた。

「食事の準備をさせる」

 彼と入れ代わりに入ってきたのは巨大な胸の女将さん。
 長いスカートの裾に、10歳ぐらいの女の子がまとわりつき、好奇心に目を輝かせている。
 朝から盛大に騒いでいたのは、この女の子のようだった。

「ゆっくり眠れたかい?イマームさまが夜中に抱えてこられた時には、行き倒れの男の子のようにしかみえなかったのに、イマームさまのいう通り女の子だったんだねえ」
「男の子!?どこをどう見たらそんな印象を受けるのよ」
 
 ベッドの上で胸を張ってみせた。
 わたしは男子と間違われたことはない。
 すこしばかり元気で生意気で言いたいことは言ってきたけれど、わたしは女将の目を疑った。
 女将は持ってきた制服を広げて見せた。

「こんな、少年楽団が着るようなスカートをはいていたからてっきり男の子だと思ったよ。頭だってちんちくりんだし」
「ち、ちんちくりん……!?」
「女の子はみんな背中の真ん中まで髪を伸ばすんだよ。そんな短い髪してたら色気ないっていわれるよ!」

 おさげの女の子が生意気にも指摘する。
 わたしは苦笑した。

「ねえ、お姉さんに喧嘩売ってるのかな?色気がないって、あんたこそ、色っていう字、知っているの?ここでお姉さんに書いてみせてくれるかな?」

 勉強が始まりそうな気配に、女の子は母のスカートの後ろに逃げた。

「お客さまになんてこというの!すみませんねえ。上着の袖の、ひどくほつれたところは応急処置だけど同じような色で直しておいたから。それで、あんたは怪我はもういいのかい?」
「え、怪我って?」
 女将はわたしの手をとって、ベッドから起こし、全身をながめまわした。
 ついでに寝巻の裾をひきあげて膝も確認する。

「覚えていないのかい?」
「だって、どこもなんともないから」
「血がだあだあに流れていたよ?骨折してるんじゃないかって、お母ちゃん言っていたよ?医者を呼ぼうとしたら、遅い時間だから呼ばなくていいって、イマームさまが止めたんだよ」

 女の子が果敢にも腰のあたりから顔と指をだして、わたしの肘のあたりをさした。
 肘をさするが、なんともない。
 そういえば、何かに躓いてひどく肘も、膝も転んでぶつけたんだった。
 痛みで気をうしなったはずなのに、身体はなんともなっていない。

「イマームさま、あんたの怪我を治してくれたんだね。少年楽団の子のように見えて、あんたどこかの王族だったりするのかい?大事にされているようだね。この服だってすぐになおしてほしいと依頼されたんだよ。手間賃も沢山いただいたからねえ~」
「大事にされてるんだねえ~」

 女の子が口調をまねる。

 夢うつつで聞こえていたお経のようなものは、治療魔術だったのだろうか。
 冷たい表情なのに、心根はやさしい男が魔術師(イマーム)シャディーンという男なのだろうか。
 
 やわらか素材の綿素材の寝巻を脱ぎ、制服に着替える。
 厚手の極暖シャツは不要だった。
 グレーに赤の混ざった千鳥格子のジャケットは、手に持つことにする。
 その際にほつれたところの修繕跡を探したが、女将は魔法の指でも持っているのか光の反射の違いでわずかに色味が異なるぐらいで、目を凝らさなければわからない。
 
 その後、部屋でシャディーンと共に食べた朝食は、パンにチーズ、温野菜サラダといったきわめてシンプルなもの。日本の野菜よりも濃い味がした。



 王城から迎えにきた帷子の騎士たちは10名。
 彼らの隊長は50代の渋さがにじみ出た男、セドリック。
 顔に刻まれた皺の深さと額に走る古い刀傷は、長年危険な任務をこなしてきた名誉の勲章のようなものかも。
 黒いマント姿のシャディーンに頭を下げた。
 シャディーンは軽く頷いただけ。

「賓客を王城まで我らがお連れするように申し受けました。どちらにその方がいらっしゃるのですか」

 セドリックの視線が、わたしの上っ面をちらりと見ただけで通りすぎていく。
 そしてぐるっとひとまわりして戻ってきて、行き過ぎて、うろうろして、ようやく見慣れないわたしにとどまった。その間たっぷり5秒。

「へ、こいつ?」
 素っ頓狂な声が上がった。
 セドリック騎士団隊長は飲み込んだが、代わりにその場にいる騎士たち全員の心の声を代表して吐露したのはその横の茶髪の男。他の騎士たちと比べてかなり若い。

 U20(アンダートゥエンティー)。
 わたしと同年代?
 騎士修行中の見習いに違いないと勝手に思う。
 こいつがハリーである。

「見習い騎士!わたしは藤崎樹里。高校三年生よ。なにも来たくてきたんじゃないわよ。勝手に……」
「僕は正騎士であって見習いじゃないよ!」

 すかさずハリーが訂正し、わたしの声にかぶさった。
 負けず嫌いが丸出しで、せっかくの絵画のような恰好が安く見えてしまう。
 
「君を紹介するのは王の前だ。何事にも順番がある。彼らは君が気にするほどのものではない」

 腕をつかまれ、耳元に口が近づけられささやかれると、ただの言葉にも魔力があるのか背筋がぞくぞくする。
 セドリック騎士隊長はじめ、その場にいる騎士たちの顔が一瞬でこわばった。 
 さすがに騎士隊長はすぐに反感を覆い隠したのだけれど。

 シャディーンは権威主義的なところがありそうだ。
 そして宮廷魔術師と騎士団、もしくはシャディーン個人とセドリック騎士隊長は仲がいいわけではない。
 何に役にたつとはいえないけれど、ひとまず心のノートにメモをしておく。
 人間関係の把握は基本中の基本で、知っていて損ではない。
 
 初めての馬車に乗り、王が居住する城へと向かったのだった。

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