悪女がお姫さまになるとき

藤雪花(ふじゆきはな)

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第二章 わたしは実はイケてない子?

第13話 酒蔵②

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 料理長の指示通り右に行く。
 戦場のような騒ぎが白いエプロンの調理人たちとの間で繰り広げられていた。

「メインの肉がないぞ!最後のソースは上からかけるんじゃなかったのかよ!」
「ソースは別添えよ!」
「スープが煮立ってるぞ!これは個別に出すのか?」
「鍋だったはずよ!」

「えっと、すみません、酒蔵は外だと聞いているんだけど料理長から頼まれて……」
「料理長はどこに行ったの!?」
「メインの肉が山盛りの皿をもってすれ違いましたよ」
「そうだ。中の様子を見てくるといっていたな!俺も見てくる」
 
 そういってエプロンを脱いだ男は汗だくである。
「酒があとどれぐらいか確認してこないと」
 男がいきなり振り帰ったのでぶつかりそうになった。
「だから、料理長が適当に酒を持ってきてほしいそうです!」
「なら鍵をもらわないと酒蔵には入れないから、鍵を……」
「だから、預かってます!わた、僕が!」

 10人ほどが立ち働く厨房で自由に動けそうなのは、この熱気で曇った眼鏡を男ぐらいだった。
 頼まれた手前、わたしも必死である。
 ようやく鼻先につきつけた料理長の札に気が付き、眼鏡をかけ直し、眉をしかめて体をそらした。

「そのくさい札はまさしく料理長の、だなあ。どうして、少年楽団員が?ってか料理長は使えるものなら、文官だって使うヤツだった。預かってくれてありがとう?」
 差し出された手を拒絶する。
「僕が頼まれたから、僕も最後まで手伝いたい」
「断る理由はないかな?じゃあ小僧、鍵をもってついてこい。ってか、どこかであんた見たことあったかなあ」
「さあ?」
「ま、いいか」
 わたしははぐらかした。
 眼鏡の料理人は物事をあまり深刻に考えないようである。

 厨房の真ん中を突っ切って外に出ると正面に食料倉庫、その並びに酒蔵がある。
 酒蔵の扉に手をかけた時に一瞬、りいんと風鈴の音のようなものが頭の中に響いた。
 初めてこの世界で目覚めた時の海辺で聞いた風鈴の音に似ている。
 耳に手を当てているうちに、音は消えていく。

「……これが結界?」
「鍵があるから解除されているはずだよ。気配を感じることができるのなら、敏感な方かもしれないなあ」

 扉は軽く開いた。
 採光と空気を入れ替えるために大きな窓が作られていて、入ったすぐそこの一面の棚は明るい。
 その棚の後ろに空けてない酒樽や瓶や、箱が無造作に積み上げられている。
 その酒の量に圧倒されている横で、眼鏡は明るいところのガラス瓶の器に移された瓶を3本手にして、「落とすなよ」とわたしに渡した。
 本人は、10本入りの瓶の箱を下から抱えるようにして持ち上げ、すぐにも出ようとする。
 
「待ってよ。何も確認しないでもっていくつもり?」
「はあ?料理長は適当に持ってこいって言っていたんだろ?特に指示されてないのなら、手近なやつでいいだろ」

 驚きすぎて口が大きく開きそうになった。
 代わりに、渡された三本の瓶を足元に置く。

「なんでもいいからといって、これでいいわけにはならないわ」
「どういうことだ?」

 瓶のふたにしているコルクをつまんだ。
 すでにかしいでいた蓋はグラグラと揺れる。
 抜けそうな乳歯といったところ。

「この瓶は、コルクの蓋が不自然に歪んでいる。もしかして誰かが味見をして、そのまま戻した感じ?今日かもしれないし、ここに運びこまれるずっと前かもしれない。それにもしかして、」
「もしかして何かが混入されていることもあり得る、か」
 
 顔色が変わった。
 抱えていた酒の箱を下ろし、目視だけでなくコルクの固さを確認する。

「それに、この瓶、」
「まだあるのかよ?」

 わたしはさんさんと降り注ぐ明るい陽射しに顔を向ける。
 この部屋は蒸し暑く蒸れている。

「この酒はいつここに運ばれていたの?」
「ラベルからは2年前に税として納められたものだな。それが何か?」
「この酒蔵はいつも明るくて暑いの?」
「夏場はいつもこんな感じだけど、それがどうした?」

 わたしのいわんとするところが男にはわからない。

「なら、二年もの間、日の当たる場所にこの瓶が置かれていたかもしれないということで、正しい?」
「だから一体小僧は何が言いたい」
「酒は紫外線で劣化するの。だから、瓶を紫外線を通さないものにするか、保存場は紫外線があたらないように遮光カーテンを引いておくべき。窓も塗りつぶしてもいいぐらいだと思う」
「劣化、まさか」
「紫外線だけでなくて、温度、湿度など気をくばらないと、酒は生きているから望まぬ方向へ変質してしまうこともあり得る」
「苦情はなかったはずだ。悪くなっているはずがない。俺たちのやり方に難癖をつけて、ただの楽団員のガキが何さまのつもりだッ」

 眼鏡は動揺を隠せず、怒りに逃げた。
 わたしにかまわず、箱を持っていこうとする。

「じゃあ、ここであなたの持っていこうとするお酒を試してみようよ」

 時間を気にしつつも、しぶしぶ眼鏡は箱を置いた。
 彼自身に、その中から一本選んでもらう。
 わたしは紫外線の届かない裏手の棚の回る。
 酒蔵は奥に広い。
 入口から遠ざかるほど、若干空気が冷えていく。
 薄暗がりの中、同じラベルの酒を一本棚から抜いた。

 眼鏡は、どこかからかテイスティング用の白い器を二つ持ってきていて、「どこに置こうとも酒は酒だろ」と言いながら、自分の選んだ瓶から酒を薄く注ぎ、一つをわたしに手渡した。
 香をかぎ口の中で転がす。
 眼鏡も一口飲み、頷いた。

「これが酒だろ、こんなもんだ」
「じゃあ、こっちはどう?飲み比べてみて」
 わたしが持ってきた瓶を、面倒なことをさせると言わんばかりに眉をよせるが、自分のとわたしのとに注ぐ。
「同じ銘柄で同じ年なら、同じだろ、ほら、香も、味わいも……」

 男の顔色が変わり、最後まで言えなかった。
 白い器を持つ手が震えている。

「なんてこった。全く違う。紫外線……」
「それに温度、湿度管理よ。お酒はうまく保存すれば熟成して味わいを増すのに、宝の持ち腐れをしているわよ」
「いったいどうすれば……。俺たちは大バカ者だ。野菜や肉の管理はしっかりしているのに、酒だけはどうして何も気にしないでいいと思ってしまっていたんだ。恥ずかしくて自分に腹が立つ!今は、奥の棚のを持っていてしのいで、後はパーティーが終わったら会議を開いて酒蔵の管理方法の見直しをしなければ。悪くなった酒を廃棄しなければ。いやもったいない。スープやソースに利用すれば多少の傷みは気にならないから……」

 眼鏡の料理人はぶつぶつとつぶやき、問題の解決を考えるのにいっぱいで、緊喫に差し迫った用事を忘れてしまっている。
 赤ら顔の料理長から酒を持ってきてくれと頼まれたのはわたしである。
 彼の独り言に付き合っているとこのままでは、パーティー会場に酒がないのをわたしのせいにされてしまう。
 
 わたしは動いた。

「メインの肉に合う赤ワイン、口直しのさっぱり辛口の米酒、デザートの甘い果実酒。その後、ゆっくりカクテルでも作って歓談でもしたりするのなら……。ほんとは味見して決めたいけれど、フィーリングでえいやっと決めるべき?」
「小僧、気になるものがあるのなら自由になんでも開けてくれ!それからあんたの感想も聞きたい」
「そうなの?じゃあ、遠慮なくあけちゃう?本当はじっくり味わっていきたいけれど、今回は香だけで味を想像して判断することにする。とてもじゃないけれど、今進行中のパーティーに間に合わないから」
「よろしく頼む」
 
 顔が緩んだ。
 わたしは赤ちゃんの時から酒造りの香りと共に育ったといってよかった。
 嗅ぎ分けるのには自信がある。
 わたしはこれと思うものを奥の棚から抜き出し、香りを確かめ味わい、数種類を選んだのである。

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