悪女がお姫さまになるとき

藤雪花(ふじゆきはな)

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第二章 わたしは実はイケてない子?

第15話 無意識の思い込み(アンコンシャスバイアス)

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 会場が近づくにつれて、女性ののびやかな歌声が明瞭に聞こえてくる。
 伴奏はオルガンの音だけ。
 午後からは、会場から出て廊下で談笑をする者たちもちらほら出てきている。

 剣の柄に手を置く帷子の騎士たちが要所要所にたち、ルシルス王子と謁見することで目的を達して帰路につこうというもの、これから会場に入ろうとするものが入り乱れていた。
 巡回警備を行う騎士たちもいる。

「騎士が多いなあ」

 グリーがぽつりとつぶやいた。

「今日はいつにもまして王城に出入りがあるから、見せる警護だね」
「見せる警護?」
「何か不届きなことを考える者の行動を抑制するために、あえて騎士を目に付くところに立てるってやつ。用心しているぞとアピールすることで、犯罪者は事件を起こすことをあきらめるから、抑止効果がある」
「へえ?フジサキはそんなふうに考えているの?人の心理を突いたやり方だね」
 やわらかにグリーは言う。
「事件が起こるよりも起こらない方がいいよ」
「それもそうだね」

 ハリーに見つかればもうこの自由な時間は終わりになる。
 わたしは騎士と視線があわないようにしながら、堂々と歩く。
 誰よりも早く見つけたのはマグナー。

「おい。フジサキ!どこまで行ってたんだよ。食堂に先にいったかと思って探したぜ」
「酒蔵まで酒を取りに行くように料理長に頼まれて」
「そんなこと楽団がする必要はないよ。応援要員なんだから、はぐれないように俺のそばにいろよ。昼休憩をはさんで午後からもう一席仕事があるから。さっさとその仕事を終わらせて、食事に行こうぜ」
「仕事仲間ですか?」
「なんだよ、コ、のお方は」
 コイツというのをすんでのところで訂正する。
「王城の外で迷子になっていたところたまたま会って。酒瓶を持ってくれるっていってくれたから」
 マグナーはじろじろとグリーを見る。
「こんにちは。グリーと申します。ご親切にご案内いただいているだけですよ。それよりも、同じ楽団ということですか?それにしては制服の形がすこし違うようですが……」

 わたしは飛び上がらんばかりに驚いた。
 まさか、巻きスカートとボックススカートの違い、上着のシャツの違いを指摘されるとは思わなかった。

「フジサキは応援要員で、正規の宮廷楽団とは制服が違うんですよ」 
 代わりにマグナーが答えている。
 
 巡回騎士の一人が大股でこちらに向かってくる。
 ハリーである。
 ハリーは長い黒髪の女子の顔を確かめることをやめ、ようやく肩までの黒髪に照準を当てたのだ。

「レ・ジュリさま!一体どこに行っていたのですか!俺に何も言わずに出歩かないでください!パーティに行きたければ行きたいとおっしゃってくださったら、俺はどこなりとも付き添いいたしますから。酒瓶をもってどうするつもりですか。はしたないです。お部屋で飲みたいのでしたら俺がお持ちいたしますから」
「これは、パーティー会場に持っていくように頼まれて」
「誰にです」

 ハリーはわたしから酒瓶を奪った。

「赤ら顔の料理長に」
「仕事を押し付けるなんて、苦情ものです」
 憤慨している。
 帷子の騎士とのやり取りに、マグナーは引いている。
「いったいこれはどういうことなんだ。レはレディのレだろ?人違いじゃないのか?」

 これはきちんと話をしていた方がよさそうだった。
 マグナーは困惑している。
 わたしのことを男子だと疑っていないところに、レディといわれたのだから。


「ごめん、マグナー。実はこの恰好は楽団員の制服じゃなくて、わたしの私服で、あ、本当の意味で私服ではないんだけど、ここでは私服といっても差し支えはないと思う。それで、あんたに楽団員と誤解されたのをいいことに、そのまま居座ってしまったのよ」

「ええ?だけど楽器は扱えていたし、冗談はよせよ」

 マグナーはわたしにレディの面影を感じようと、体を引いた。

「じゃあ、午後からの演奏にも加わらないということか?食事も?」
「食事はこれからだから、あんたが嫌じゃなきゃ一緒にいただきましょ?演奏も問題ないようなら、さっきのように参加してもいいかもと思っているんだけど」

 わたしたちの横を速足で駆け抜けようとした眼鏡の男が、足を止めた。

「ああ!フジサキ!今から行こうと思ったところだよ。もう一セット持ってきてくれたのか!ありがとう!マグナーに騎士殿に、それから見慣れない若者だなあ。ここまで運んでくれてありがとう。でも来客の好意につけこんで荷物を持たせるのはやめておいたほうがいいからな」

 フェルドはグリーから酒瓶の箱を受け取った。

「王城にいるからっていって、厨房が勝手に仕事を与えないでほしい。俺がシャジャーンさまに怒られる」
「は?シャジャーンだって?」
「知らないのかよ?ソラ・イマームさまのことだ」
「そんなこといわれなくてもわかっているけど、今後の酒蔵の整理方法についてフジサキを交えて会議を開く必要があるんだ……」

 フェルドは当惑して分厚い眼鏡の奥からハリーを見下ろした。
 ハリーは自分よりも背の高い料理人に、顎を突き上げて威嚇する。

 騎士とフェルドとマグナーは三様にわたしをめぐって主張をはじめた。
 彼らの話はまったくかみ合っていない。
 楽団員のフジサキという名前の男子から離れられないマグナーとフェルドの二人に対し、王城の帷子の騎士の保護対象となっているレ・ジュリ。
 二対一で、多数決ならハリーが負けである。

 グリーはわたしの手を引き柱の陰に寄せた。

「ねえ、一体どういうこと?あなたはフジサキ?それともレ・ジュリ?あなたをめぐって面白いことになっているよ?」

 あっけにとられるのが終わり、既にこの三つ巴に面白さを見出しているのが、金に銀のメッシュの入った髪の美少年、グリー。
 顔を寄せてくる。
 グリーの目は新緑の輝きを閉じ込めた緑眼。
 おもわず見とれてしまう美しさである。

 氷のように冷ややかな美貌のシャジャーン。
 ひだまりの陽気さの華やかな美青年、ルシルス王子。
 女子と見まごうばかりのおとなし気な美少年、グリー。 
 この世界の男たちは見目好い男が多すぎる。

 もしこの世界から元の世界にかえれないことになって、誰でもいいから一人選んで彼氏にしてもいいと言われたら。
 この性格も優しそうなグリーがいいかも?

 これから大人になって、男らしさを備えていけば、パーティーで取り囲まれていたルシルス王子やシャジャーンがまだましだったかと思えるほど、グリーをめぐって女子たちは大変な争いをするのではないかと思う。
 そうなる前に、もうそうなっているかもしれないけれど、唾つけといたほうがいいかも。
 
 子育てだってわたしよりもまめまめしく面倒をみてくれそう。
 などと、この場にそぐわないぶっ飛んだことを考えてしまう。

「ちょっと事情があって王城に滞在しているのよ。いつもと違う恰好だから、知っている人たちも気づかなかったことに調子にのってしまって」
「じゃあ、レ・ジュリが本当のあなたなんですね。僕も、その恰好にすっかりだまされてしまいました」
「見た目からの思い込みのせいよ。思い込みを補うように、話し方を男っぽくしてみたけれど」
「人は見たいようにしか見ない、その思い込みですか」
 感慨深げにグリーは言う。
「そう。無意識の思い込み(アンコンシャスバイアス)よ。どっぷりつかっていると気が付かないけれど、そんな思い込みはいたるところにあふれているわ。それを意図的に利用されると、相手のいいようにころっと騙されてしまう恐ろしさがあるわね。でも名前は本当。姓が藤崎、名前が樹里だから」
「あなたはとても……」

 グリーは言葉を探し、にっこりと笑った。

「興味深いね!フ、藤崎、ジュ、樹里?」

 将来の子供の父親と妄想した美少年から、興味深いねと言われたぐらいで喜んではいけないと思うが、興味を持ってもらうことが、好意が深まる最初ではと思うので、ひとまず良しとした。

「滞在しているのなら、もしかしてあなたはジュリア姫のこと、何か知っていますか?レソラ・ジュリア姫の噂は海を越えて届いているのに、このところ公の場にでられていないということだから、ご病気をされているのなら心配で。ルシルス王子の突然の帰国ももしかしてレソラ・ジュリア姫と関係しているのではと思ったんだけど……」

 甘い目元が、わたしに返事をせかした。
 僕の好意が欲しければ、知っていることをすべて話して、と。

「姫は……」
 
 不意に視界のすべてが暗くなる。
 わたしは頭からすっぽりと黒いマントに包まれ、強い腕がマントの主の胸に引き寄せられた。

「樹里。勝手に出歩くんじゃない。なかなか戻ってこなかったから心配するだろう」
 不機嫌な声はシャディーンだ。
「もしかして、わたしのことわかっていたの?」
「はあ?わからないはずはないだろ。一瞬で気が付いた」

 シャディーンはあっけにとられるハリーたちをよそに、わたしを抱き寄せたままマントを脱ぎ、頭からすっぽりとわたしに羽織らせる。まるで、わたしをだれにも見られたくないかのように。

「ということだ。マグナー殿、彼女は午後からの演奏には参加しない」
「ほんとうに、女なんだ……」
 マグナーはショックを隠せない。

「フェルド殿、厨房の仕事を手伝うかどうかはいまは保留にさせてくれ」
「頼むよ。楽団と違って厨房は女でも差別しなから」
「差別だって?」
「女はダメだと言ったのはそっちだろ」

 マグナーとフェルドとで、言い争いがはじまりそうな気配である。
 シャディーンは無視した。

「それから、そちらの……」
 
 喉に何か絡み、わたしは何度か激しく咳込んだ。

「大丈夫か?」
「大丈夫。酒蔵の埃を吸い込んでしまったのかも」

 咳はすぐに収まり、シャディーンの青灰色の目に安堵がよぎる。
 金とメッシュの髪の若者は、いつの間にかいなくなっていた。

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