悪女がお姫さまになるとき

藤雪花(ふじゆきはな)

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第二章 わたしは実はイケてない子?

第16話 三日月(わたしは実はイケてない子?完)

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 今夜の月は薄く笑っている。
 星が瞬く夜空を見上げているとまるで難破船にいるようだ。
 行方も知らずにあてもなく漂浪しているのは、美しき乙女二人。
 正確にいうと、わたしは既に乙女ではないけれども。

「……それでね、シャディーンがわたしをさも大事にマントにくるんでパーティー会場を抜けようとするから、王妃の侍女たちに、あなたの侍女たちもいたかもね、が嫉妬するのよ。彼女たちはいつも、孤高の、という表現がぴったりきそうな怜悧な魔術師の視線をいつも自分に向けたいと必死になっていたから。それで、口元を扇で隠しながらわたしに言ったの。もうレディ修行はおあきらめになられたの?気品と教養で殿方の気をひくよりも、はしたない奇抜な格好をしてるほうが簡単そうですね。わたくしたちにはとうてい真似できませんけれど、って。だから、わたしは言い返してやったわ。頭からかぶったフードを落として、この襟足をみせつけるようにして。三人よれば文殊の知恵ということわざがあるけれど、何人集まっても別に大したことがありませんよね。むしろ、おひとりではご自分の考えや感性に自信がなくて、だからいつもいつも、真珠?いえ、お団子?金魚の糞?のように連なって王妃さまの後ろにいらっしゃるんですね、って言ってやったの。そうしたら、いつもわたしを小馬鹿にしていた侍女たちが、目をまん丸にして、顔を真っ赤にして、声にならない怒りをぶつけてきたわよ。痛快だったわ」

 ジュリアの長い髪は、片側でくるりとひと結びして胸に流している。
 今夜は体を起こして背中に水鳥の羽の枕を三つほどクッションにする。
 首の座りがよくなるように、余ったシーツを細長くたたんで首と肩の間に挟む。
 旅行用の首枕の代わりである。

『……もう、ドレスもかつらも身につけないつもり?』
 
 友人ならばそんな質問がされそうである。

「あなたのドレスはふわふわすぎてわたしには合わないのよ。ドレスでなくて、綿やそういう固い素材のワンピースなら着てもいいと思うけど。この世界で女子はズボンをはいていないけど、ズボンを履いてみたい。楽団員の格好をしているわたしが女子だって、いわなければマグナーもフェルドも、グリーも、他のひとたちもみんな思い込んでいたようだし、この世界にいる間、いっそのこと男装女子として過ごしてもいいかもしれないと思うのよ」

『お茶会に呼ばれなくなるわ。社交の場にも。出席していないとあることないこと面白く、噂をされてしまうわ』

「お茶会に呼ばれなくても別にかまわない。大した話はしないでしょ。悪口をいわれたくない理由から、参加してもつまらないから、やめておく」

『なんて自由なの、樹里は。誰がなんていおうと、イケてるわよ。わたしが保証してあげる。あなた自身に、マグナーもフェルドもグリー?も友人になりたがっていたじゃない?シャディーンだって、樹里を特別扱いしている。あんなに誰かを気にかけるシャディーンってみたことないもの。あ、もちろんわたくし以外にね』

「たしかに。今日は楽しかった」

『わたくしたち、名前も、外見も似ているのに、わたくしと違うのね。自由なのがうらやましいわ』

「自由、というのかなあ?わからないけど、ようやく自分を取り戻したような気がする。誰かに迎合するのは卑屈すぎるでしょう。どうせなら、勝手にわたしにあわせて頂戴って感じかなあ。それからありえないこと言わないで!あんたとわたしが似てるって、そんなはずないでしょ!名前は似ているかもしれないけれど、外見は、はっきり言って似ていない。月とすっぽん。もちろんジュリアが月でわたしがすっぽんなんだけど!力説するのもおかしいけどね」

 くすくす笑いがおさまると、わたしはじっくりとジュリアをみた。
 肌は毛穴がないかと思えるほど透き通っている。ふっくらとした唇はわずかに開いていた。
 首筋は痛々しいほど華奢である。
 真っ白な腕から続く繊細な指は、滑らかに竪琴を奏でそうだ。
 純真無垢な乙女。
 友人の彼氏を自分のものにするために、誘ってエッチしたわたしとは違う。
 ジュリアは自分の体をつかって好意を得ようとか、思い通りに人を動かそうなんて思ったこともないだろう。

 ルシリス王子は容態が少しよくなったというだけで、海峡を越えて戻ってきた。
 シャジャーンは異世界まで彼女の心を癒せるという光り輝く強い命の持ち主を探して呼び寄せた。
 一番身近にいるかれらが彼女を大事に思い、必死になっているのは、ジュリアが愛されているから。

 ジュリアを婚約者として望んだ帝国の王子も、そういうジュリアを好ましく思ったのだろう。
 継承権のある王子の妃にと望まれたことで、多くの娘や政敵から命を狙われてしまった……。

「ねえ、あんたを襲った犯人はどんなヤツ?ずっと、一人で寝たきりなんて悲しすぎる」
 
 乙女は言葉を紡がない。
 耳を澄ませばわずかにかすれた呼吸音が聞こえるのみ。

 そもそも、わたしが、光り輝く強い命の持ち主なんて実感はまるでない。
 母方の祖母は110歳で亡くなった。
 長寿の家系である。
 母だって、女だてらに杜氏をして、季節になるとねじり鉢巻きをして男の中に女一人、櫂で巨大な樽の醪(もろみ)を掻き回すほど、体は丈夫だ。
 光輝く強い命とは、長寿家系のことを言っているのだろうか。
 藤崎酒造は神社で巫女が口噛みで作っていた酒までさかのぼれる古い酒蔵である。
 それは今でも、売り物ではない酒樽で、その昔から引き継いだ巫女が醸した酒を酒母として加えた門外不出の秘伝の酒を造り、それを藤崎家は絶えず飲んでいたからだろうか。 
 わたしはまだ子供だからといって、巫女の酒の酒粕でつくった甘酒しか飲ませてもらえなかったのだけど。
 はるか昔、神と婚姻を結ぶ巫女につながる系譜のことを言っているのだろうか。
 

『どんな時でも自分の世界をもっていて、周囲がどんなに騒いでも自分のペースを崩さない美奈のこと、樹里は本当はすごい子だって尊敬していたのでしょ?そんな美奈から頼りにされて、うれしかったのでしょう?そして好きだったのでしょう?美奈が貴文に夢中になって自分から離れていってしまうのが嫌だから、そう好きでもない貴文を誘惑し自分の恋人にすることで、美奈を貴文から引き離したのでしょう?川に落ちた時、美奈が危険も顧みず飛び込んだのを見て、自分ではなくて彼女が助かることを望んだでしょう?貴文が美奈を助けに飛び込んだ時、ショックを受けつつも、それでいいんだと思ったのでしょう?』

「そんなことは……」
 図星かもしれない。

『あなたを引き留めようとする美奈を、貴文が止めたの。貴文が飛び込まなければ、美奈はあなたをつなぎ留められたのに。だから、根無し草になってあわいを漂うあなたを、シャディーンは引き寄せることができたの。わたくしとは名前も、外見も似ていて、とても親和性があったから』

 わたしは苦笑する。
 なにを真剣に、わたしは妄想を展開しているんだろう。
 妄想のジュリアとは昔からの親友となっている。
 彼女は優しくて、賢くて、表情豊かで。
 互いのベッドにもぐりこんで枕を抱えながらする女子トークでは、素敵な王子さまと結婚を夢見てあれこれ他国の王子たちの品定めもする。
 そのジュリアは、最近は折りにふれて、自分とわたしが似ているということを繰り返している。

 ジュリアの言葉は、わたしの潜在意識に過ぎない。
 つまり、わたしはジュリアになりたいとでも思っているのだろうか。

 そして、ジュリアはわたし自身が気が付かなかったことを鋭く指摘する。

『でもね、美奈たちを恋しがっても無駄よ。現世では死んでしまった。あなたは帰れないの。だからあなたはここで自分の生きる道を定めなければならないの……』
「何言うのよ。もうすぐあんたは目を覚ますのよ!わたしは帰るんだから」


 胸が締め付けられた。
 今日何度目かのひどい咳をした。
 



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