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第六章 収穫祭
第43話、秘密②
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「ロスフェルス帝国の皇子の妃になることを阻止しようとした勢力がジュリア姫を襲ったって」
「公式にはそうね。だけど、少なくともわたくしの勢力がそのようなことをするはずがないわ。ジュリア姫がだめなら、次はわたくしの娘を差し出せと言ってくるかもしれないのに」
生贄のような言い方にいら立った。
ジュリアも義理とはいえ娘なのだ。
「それより第三皇子であっても皇子の妃として権力を握り、それをこの国のために有効に活用してくれるほうが何倍もいいでしょう。偉そうな顔をしてわたくしを見くだすことがあっても許せるだけの度量はあるわよ。そんなことよりもむしろ、彼女自身のほうが問題なのよ」
「ジュリア姫の問題」
「ジュリア姫はずっとルシルスとシャディーンが、わたくしを敵対視することで固く結ばれ、守られていました。それも過剰なほど」
ルシルス王子の愛は兄妹愛を越えているのではないか、そう思ったことは一度や二度ではない。
妹の髪に触れて口づけすることは、現実世界でも、この世界でも、愛情表現にしては過剰すぎた。
「あの娘は守られることに慣らされてしまった。安住の、ふたりと引き離されただひとり、この国の未来を背負って帝国にいかなければならない自分の責任の重さに耐えられず自殺したのです。だから、どれだけ探しても暴漢も暴力の証拠も出てこないはずです。ジュリアは自分で自分の心を殺したのですから。ルシルスはそのことを認められず彼女を生き返らせようとしているけれど、彼女自身が責任から逃避し、生きることを望んでいないのなら、どんなに頑張ってもおそらく無理でしょう。生命維持にかける時間と労力は、まったくの無駄なのです」
アイリス王妃が水盤に向かい手を合わせ祈るのは、昏睡している義理の娘が再び元気になる姿ではなかった。
他人なら割り切れることも、関係が近しいほど無理な場合もある。
千に一つの奇跡にもすがりつきたくなると思うのだ。
「ルシルスも問題です。彼は先に進めないでいるのです。結婚話もすべて保留でロスフェルスで分別がつくかと思ったら全く変わりがないじゃないですか」
「ジュリアは、姫本当に目覚めることはないのでしょうか」
彼女を知る誰もが何度も繰り返した問い。
形だけでも非のうちようもない敬虔な祈りを献げたアイリス王妃は冷ややかにわたしを見た。
「うすうすあなたも気が付いているのではなくって?シャディーンに異世界から輝く命の持ち主として探し出されてこの世界に引きよせられたというけれど、本当はこの世界の遠隔地方から引き寄せられたぐらいでしょう?ジュリアをあきらめるようにシャディーンを説得して早く元のあなたの心地の良い場所にもどったほうが良くなくって?」
「目覚めそうな気配もあるから、次の儀式には期待できそうなんです。だから、わたしもこうして姫の代役としてジュリア姫の健在ぶりをアピールしているのに」
「それも、危険な行為でした」
「近づけば、わたしはジュリア姫と別人だとすぐにばれてしまいますから。もやがでたおかげで助かったけれど」
「霧は、シャディーンが魔術を使ったのね。危険というのは、代役がばれるかどうかの心配より、もっと別の、あなた自身のあやうさですよ」
「わたしが危うい?」
「ルシルスは、ジュリア姫を愛している。兄妹の情を超えるほどに。今日の代行は、もしジュリアが目覚めなければ、あなたをこのまま自分の愛するジュリアとしてそばに置くかどうかの予行演習というもののように思えるのです」
わたしは声を失った。
猿の仮面の演技舞は終わり、今度は騎士たちの剣舞が始まっている。
ひらめく剣の刃のはざまから、人々に囲まれ談笑しつつもわたしに目を向けるルシルス王子と振り返ったとたんに目があった。
アイリス王妃は祈りの場をわたしに譲る。
「さあ、次はあなたの番です。あなたもこの水鏡に祈るか望むかしなさい。古くから王族の重要な役目は、この国の吉兆をこの水鏡で占うことなのです。未来も見ることもできるそうですよ」
目の前の黄金に輝く銅の水盤の側面にはこの世のすべての動物やら植物やらを写したのではないかと思えるほど細密に打ち出されている。見覚えがあった。
「これは図書館の最奥の書庫の検索水盤?」
「同じものよ。身近なものなら呼び出すことができる。強く願えば、未来でさえ見れるというわよ。ここにいたらあなたにはどんな未来が待っているか知りたくない?ジュリアは目覚めることができ、あなたは『光輝く者』としての役目を終えあなたの世界に戻れるのか。それともジュリアは永遠に目覚めることはなく、妹を愛するルシルス王子にあなたはこのまま彼女の身代わりとして兄妹で婚姻し、ロスフェルス帝国に反逆の意思を示すのか」
喉元にせりあがる咳を必死で抑えた。
もっとあり得そうな未来がある。
ジュリアは目覚めることもなく、わたしはこの世界になじめず病で死ぬことだ。
水盤を覗きこんだ。色とりどりの宝石のような石と月と、闇に溶け出したかのような髪は美しい。
顔がおぼろでわからない。
ゆれる水鏡に映っているのは、本当にわたし、藤崎樹里の顔なのか。
「わたしの未来……」
「魔力のあるものは未来を見通すことができるそうよ。そうありたい未来を強く望み描けば、水鏡は映してくれるかも。本当の兄妹でないのだからルシルス王子と婚姻するのもあなたにとっては悪くないかも。それともあなたの庇護者のシャディーンを選んでもいいわ。彼もまた、あなたを愛しているようだから。あなたもまんざらではないのでしょう?」
「シャディーンが愛しているのはジュリア姫よ」
「そうなのかしら。あなたは彼にとって特別なのは確かよ」
王妃はわたしとシャディーンとの肉体関係を知っていると直感したが、それはシャディーンの魔術を利用し、頼るもののいないこの世界で確かな後ろ盾を得たいがための、ただの交換条件にすぎない。
王妃の言うほどの意味はない。
「それは、王妃がおっしゃったように、わたしがジュリアと同じ魂の輝きをもった『光輝く者』だからではないですか」
「そう思っているのなら、それでいいわ」
アイリス王妃は遠ざかる。
わたしは水盤の揺らぐ水面にわたしの未来を見ようと身を乗り出した。
「公式にはそうね。だけど、少なくともわたくしの勢力がそのようなことをするはずがないわ。ジュリア姫がだめなら、次はわたくしの娘を差し出せと言ってくるかもしれないのに」
生贄のような言い方にいら立った。
ジュリアも義理とはいえ娘なのだ。
「それより第三皇子であっても皇子の妃として権力を握り、それをこの国のために有効に活用してくれるほうが何倍もいいでしょう。偉そうな顔をしてわたくしを見くだすことがあっても許せるだけの度量はあるわよ。そんなことよりもむしろ、彼女自身のほうが問題なのよ」
「ジュリア姫の問題」
「ジュリア姫はずっとルシルスとシャディーンが、わたくしを敵対視することで固く結ばれ、守られていました。それも過剰なほど」
ルシルス王子の愛は兄妹愛を越えているのではないか、そう思ったことは一度や二度ではない。
妹の髪に触れて口づけすることは、現実世界でも、この世界でも、愛情表現にしては過剰すぎた。
「あの娘は守られることに慣らされてしまった。安住の、ふたりと引き離されただひとり、この国の未来を背負って帝国にいかなければならない自分の責任の重さに耐えられず自殺したのです。だから、どれだけ探しても暴漢も暴力の証拠も出てこないはずです。ジュリアは自分で自分の心を殺したのですから。ルシルスはそのことを認められず彼女を生き返らせようとしているけれど、彼女自身が責任から逃避し、生きることを望んでいないのなら、どんなに頑張ってもおそらく無理でしょう。生命維持にかける時間と労力は、まったくの無駄なのです」
アイリス王妃が水盤に向かい手を合わせ祈るのは、昏睡している義理の娘が再び元気になる姿ではなかった。
他人なら割り切れることも、関係が近しいほど無理な場合もある。
千に一つの奇跡にもすがりつきたくなると思うのだ。
「ルシルスも問題です。彼は先に進めないでいるのです。結婚話もすべて保留でロスフェルスで分別がつくかと思ったら全く変わりがないじゃないですか」
「ジュリアは、姫本当に目覚めることはないのでしょうか」
彼女を知る誰もが何度も繰り返した問い。
形だけでも非のうちようもない敬虔な祈りを献げたアイリス王妃は冷ややかにわたしを見た。
「うすうすあなたも気が付いているのではなくって?シャディーンに異世界から輝く命の持ち主として探し出されてこの世界に引きよせられたというけれど、本当はこの世界の遠隔地方から引き寄せられたぐらいでしょう?ジュリアをあきらめるようにシャディーンを説得して早く元のあなたの心地の良い場所にもどったほうが良くなくって?」
「目覚めそうな気配もあるから、次の儀式には期待できそうなんです。だから、わたしもこうして姫の代役としてジュリア姫の健在ぶりをアピールしているのに」
「それも、危険な行為でした」
「近づけば、わたしはジュリア姫と別人だとすぐにばれてしまいますから。もやがでたおかげで助かったけれど」
「霧は、シャディーンが魔術を使ったのね。危険というのは、代役がばれるかどうかの心配より、もっと別の、あなた自身のあやうさですよ」
「わたしが危うい?」
「ルシルスは、ジュリア姫を愛している。兄妹の情を超えるほどに。今日の代行は、もしジュリアが目覚めなければ、あなたをこのまま自分の愛するジュリアとしてそばに置くかどうかの予行演習というもののように思えるのです」
わたしは声を失った。
猿の仮面の演技舞は終わり、今度は騎士たちの剣舞が始まっている。
ひらめく剣の刃のはざまから、人々に囲まれ談笑しつつもわたしに目を向けるルシルス王子と振り返ったとたんに目があった。
アイリス王妃は祈りの場をわたしに譲る。
「さあ、次はあなたの番です。あなたもこの水鏡に祈るか望むかしなさい。古くから王族の重要な役目は、この国の吉兆をこの水鏡で占うことなのです。未来も見ることもできるそうですよ」
目の前の黄金に輝く銅の水盤の側面にはこの世のすべての動物やら植物やらを写したのではないかと思えるほど細密に打ち出されている。見覚えがあった。
「これは図書館の最奥の書庫の検索水盤?」
「同じものよ。身近なものなら呼び出すことができる。強く願えば、未来でさえ見れるというわよ。ここにいたらあなたにはどんな未来が待っているか知りたくない?ジュリアは目覚めることができ、あなたは『光輝く者』としての役目を終えあなたの世界に戻れるのか。それともジュリアは永遠に目覚めることはなく、妹を愛するルシルス王子にあなたはこのまま彼女の身代わりとして兄妹で婚姻し、ロスフェルス帝国に反逆の意思を示すのか」
喉元にせりあがる咳を必死で抑えた。
もっとあり得そうな未来がある。
ジュリアは目覚めることもなく、わたしはこの世界になじめず病で死ぬことだ。
水盤を覗きこんだ。色とりどりの宝石のような石と月と、闇に溶け出したかのような髪は美しい。
顔がおぼろでわからない。
ゆれる水鏡に映っているのは、本当にわたし、藤崎樹里の顔なのか。
「わたしの未来……」
「魔力のあるものは未来を見通すことができるそうよ。そうありたい未来を強く望み描けば、水鏡は映してくれるかも。本当の兄妹でないのだからルシルス王子と婚姻するのもあなたにとっては悪くないかも。それともあなたの庇護者のシャディーンを選んでもいいわ。彼もまた、あなたを愛しているようだから。あなたもまんざらではないのでしょう?」
「シャディーンが愛しているのはジュリア姫よ」
「そうなのかしら。あなたは彼にとって特別なのは確かよ」
王妃はわたしとシャディーンとの肉体関係を知っていると直感したが、それはシャディーンの魔術を利用し、頼るもののいないこの世界で確かな後ろ盾を得たいがための、ただの交換条件にすぎない。
王妃の言うほどの意味はない。
「それは、王妃がおっしゃったように、わたしがジュリアと同じ魂の輝きをもった『光輝く者』だからではないですか」
「そう思っているのなら、それでいいわ」
アイリス王妃は遠ざかる。
わたしは水盤の揺らぐ水面にわたしの未来を見ようと身を乗り出した。
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