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第六章 収穫祭
第42話、秘密①
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奉納の舞が終われば、いったん神事は終了する。
猿の仮面をつけた次の演者が小太鼓の音に合わせてひょうきんな踊りを踊り始めると、王族と、貴族と来賓で分けられていた境界線は崩れていく。
ただの白餅だとおもっていた中に、甘いアンコや、肉、鮮やかな緑の豆など、ひとつづつ異なる餡を包んでいて、こんもりと積み上げられていた餅をこれは何?と想像しながら、できるだけ上品そうに手づかみで餅をつかんでかぶりつく。
ルシルス王子はわたしを連れて一目も少ない王城の庭へと行きたい気配は感じているが、みそぎをする必要があるとかで朝も昼もろくろく食べさせてもらっていなかったわたしは、つい食が進む。
ルシルス王子はせかすこともせず、ただいらいらと待っていたが、背後から祝いの言葉をかけ、挨拶をするものがいて、わたしにどこにも行かないように、シャディーンから離れないようにと念を押してしぶしぶ席を立つ。
保護者のような兄王子がいなくなり、久々に公の場に姿を現したジュリア姫と言葉を交わそうとする者たちがいる。
「豊穣の実りをお喜び申し上げます。レソラ・ジュリア姫、もうお加減の具合はいかがでしょうか」
背後から声をかけられわたしは答えに窮した。
彼が見ているのが背中に垂らした髪ならば、ジュリア姫そのものだけれど、返事をする声や振り返って顔を間近で見られれば、違いは委細にみられてしまう。
「あなたは……」
緊張で声がかすれた。慌てて声をかけた男は貴族のエリックと名乗る。
膝をつき、ルシルス王子の席だったところへあがろうとする。
「まだ本調子ではありませんのよ。エリックさま、快癒の祝賀パーティーを頃合いをみて開催いたしますので、その時までお待ちいただけますか?」
朗らかな声でにじりよろうとしていたエリックはじめ、男たちを退けたのはアイリス王妃である。
「祭りだからといって無礼が許されるわけがありません。ジュリア姫は美しさで評判ですから」
うんざりする気配が伝わる。ジュリアを守ろうとしていた。意外だった。
もっとも代役がばれないようにするのは、王妃も連帯責任を負っているということなのかもしれないけど。
わたしと視線が絡んで横に落ちる。
「セシリア、そわそわして落ち着きませんね。お友達と交流したいのでしょう?我慢しないで行ってらっしゃい」
つまむ前に餅の中を透視して食べたいものを狙っていたセシリアは、びくりと肩をふるわせた。
「友達より、わたしはここにいて……」
「行ってらっしゃい」
やわらかに重ねられた二度目は命令だった。
セシリアは唇を引き結ぶとはじかれたように立ち上がり、同年代の貴族の女子がいるところへ駆けていく。
一人の護衛騎士が彼女の後をさりげなく追う。
最前列の王族のうち、わたしとアイリス王妃だけが取り巻くものがいない空白の時間がふと落ちてきた。
誰もがおしゃべりや猿の踊り、食事と酒に夢中だった。
ルシルス王子は彼を呼び出したものと別の女たちにつかまっている。
シャディーンとは距離がある。
わたしを気にしつつも、もはやじっとしていない人々に不穏な動きがないか目を配っている。
アイリス王妃の侍女たちもいない。
彼女たちは、仮面の猿の演技のあとかその後になるのか、特別な出し物をするという。
つまり、大勢周囲には人がいるのに、この瞬間アイリス王妃とわたしは二人きりであるといえた。
このような機会はこれまでに一度もなく、これからもないかもしれない。
「アイリス王妃、実は聞きたいことがあるのですが……」
妖艶な目が横目でわたしを見た。
「お酒のことは気にしないでよろしくてよ」
「お酒のことではなく、あの事件のことについて」
「あの事件?」
「アイリス王妃ならその時のことをご存じなのではと思いまして」
「ああ、あの事件」
アイリス王妃は察した。
すくりと立ちあがり、微笑みだけでついてくることを促した。
「祭壇に、アストリアの王家の宝が奉納されているのですよ」
王妃の後に従う。
精霊に献じた供物は、この場に同席した者たちで供食している。
広々とした台の上には大きな青銅製の鉢がおかれていた。
靄の名残が漂うが、なみなみと清浄な水をたたえ、アルカイックに笑う細い月を映している。
底には色とりどりの宝石が敷き詰められ、ゆらゆら揺らいで見えた。
目を閉じて王妃は祈りをささげる。
「ここだと、前は崖。後ろは舞台で人の耳から遮られているわ。さあ、ジュリ、あなたの知りたいことは何でしょう?」
生唾がわく。
確かに、ここは祈るふりさえしていれば、わたしと王妃が会話しているようには見えない。
二度目の儀式の後から、小さな疑問だったものが大きく膨れ上がっていた。
「ジュリア姫が襲われたのは王城内だったと聞いています。それなのに犯人はどうして捕まらないのでしょうか。わたしは疑問ででならないのですが」
王妃がジュリアを襲わせたのですか、証拠をにぎりつぶしたのではないですか、と受け取れる質問だが意外な答えが王妃から返る。
「ジュリアは体調不良、というのは建前で、隠された内情を知るものは本当は襲われたのだと知っている。でもその内情も、作られたもので、もうひとつ別の事実があるとしたらどうでしょう」
「別の事実って」
沸きあがった唾が口角から飛ぶ。
わたしの品のなさを、王妃は上品に気が付かないふりをした。
「ジュリアは自分で自分を殺したのです」
不意に、ジュリアの意識の断片を思い出した。
わたしを、起こさ、ないで……。
「だから、どんなにルシルスとシャディーンが頑張ってもジュリアは目覚めることはないでしょう。自ら命を手放したのですから。勿論、あなたが頑張っても」
「いったいどうしてそんなことが……」
心臓が重く打ち始める。
声がかすれた。
猿の仮面をつけた次の演者が小太鼓の音に合わせてひょうきんな踊りを踊り始めると、王族と、貴族と来賓で分けられていた境界線は崩れていく。
ただの白餅だとおもっていた中に、甘いアンコや、肉、鮮やかな緑の豆など、ひとつづつ異なる餡を包んでいて、こんもりと積み上げられていた餅をこれは何?と想像しながら、できるだけ上品そうに手づかみで餅をつかんでかぶりつく。
ルシルス王子はわたしを連れて一目も少ない王城の庭へと行きたい気配は感じているが、みそぎをする必要があるとかで朝も昼もろくろく食べさせてもらっていなかったわたしは、つい食が進む。
ルシルス王子はせかすこともせず、ただいらいらと待っていたが、背後から祝いの言葉をかけ、挨拶をするものがいて、わたしにどこにも行かないように、シャディーンから離れないようにと念を押してしぶしぶ席を立つ。
保護者のような兄王子がいなくなり、久々に公の場に姿を現したジュリア姫と言葉を交わそうとする者たちがいる。
「豊穣の実りをお喜び申し上げます。レソラ・ジュリア姫、もうお加減の具合はいかがでしょうか」
背後から声をかけられわたしは答えに窮した。
彼が見ているのが背中に垂らした髪ならば、ジュリア姫そのものだけれど、返事をする声や振り返って顔を間近で見られれば、違いは委細にみられてしまう。
「あなたは……」
緊張で声がかすれた。慌てて声をかけた男は貴族のエリックと名乗る。
膝をつき、ルシルス王子の席だったところへあがろうとする。
「まだ本調子ではありませんのよ。エリックさま、快癒の祝賀パーティーを頃合いをみて開催いたしますので、その時までお待ちいただけますか?」
朗らかな声でにじりよろうとしていたエリックはじめ、男たちを退けたのはアイリス王妃である。
「祭りだからといって無礼が許されるわけがありません。ジュリア姫は美しさで評判ですから」
うんざりする気配が伝わる。ジュリアを守ろうとしていた。意外だった。
もっとも代役がばれないようにするのは、王妃も連帯責任を負っているということなのかもしれないけど。
わたしと視線が絡んで横に落ちる。
「セシリア、そわそわして落ち着きませんね。お友達と交流したいのでしょう?我慢しないで行ってらっしゃい」
つまむ前に餅の中を透視して食べたいものを狙っていたセシリアは、びくりと肩をふるわせた。
「友達より、わたしはここにいて……」
「行ってらっしゃい」
やわらかに重ねられた二度目は命令だった。
セシリアは唇を引き結ぶとはじかれたように立ち上がり、同年代の貴族の女子がいるところへ駆けていく。
一人の護衛騎士が彼女の後をさりげなく追う。
最前列の王族のうち、わたしとアイリス王妃だけが取り巻くものがいない空白の時間がふと落ちてきた。
誰もがおしゃべりや猿の踊り、食事と酒に夢中だった。
ルシルス王子は彼を呼び出したものと別の女たちにつかまっている。
シャディーンとは距離がある。
わたしを気にしつつも、もはやじっとしていない人々に不穏な動きがないか目を配っている。
アイリス王妃の侍女たちもいない。
彼女たちは、仮面の猿の演技のあとかその後になるのか、特別な出し物をするという。
つまり、大勢周囲には人がいるのに、この瞬間アイリス王妃とわたしは二人きりであるといえた。
このような機会はこれまでに一度もなく、これからもないかもしれない。
「アイリス王妃、実は聞きたいことがあるのですが……」
妖艶な目が横目でわたしを見た。
「お酒のことは気にしないでよろしくてよ」
「お酒のことではなく、あの事件のことについて」
「あの事件?」
「アイリス王妃ならその時のことをご存じなのではと思いまして」
「ああ、あの事件」
アイリス王妃は察した。
すくりと立ちあがり、微笑みだけでついてくることを促した。
「祭壇に、アストリアの王家の宝が奉納されているのですよ」
王妃の後に従う。
精霊に献じた供物は、この場に同席した者たちで供食している。
広々とした台の上には大きな青銅製の鉢がおかれていた。
靄の名残が漂うが、なみなみと清浄な水をたたえ、アルカイックに笑う細い月を映している。
底には色とりどりの宝石が敷き詰められ、ゆらゆら揺らいで見えた。
目を閉じて王妃は祈りをささげる。
「ここだと、前は崖。後ろは舞台で人の耳から遮られているわ。さあ、ジュリ、あなたの知りたいことは何でしょう?」
生唾がわく。
確かに、ここは祈るふりさえしていれば、わたしと王妃が会話しているようには見えない。
二度目の儀式の後から、小さな疑問だったものが大きく膨れ上がっていた。
「ジュリア姫が襲われたのは王城内だったと聞いています。それなのに犯人はどうして捕まらないのでしょうか。わたしは疑問ででならないのですが」
王妃がジュリアを襲わせたのですか、証拠をにぎりつぶしたのではないですか、と受け取れる質問だが意外な答えが王妃から返る。
「ジュリアは体調不良、というのは建前で、隠された内情を知るものは本当は襲われたのだと知っている。でもその内情も、作られたもので、もうひとつ別の事実があるとしたらどうでしょう」
「別の事実って」
沸きあがった唾が口角から飛ぶ。
わたしの品のなさを、王妃は上品に気が付かないふりをした。
「ジュリアは自分で自分を殺したのです」
不意に、ジュリアの意識の断片を思い出した。
わたしを、起こさ、ないで……。
「だから、どんなにルシルスとシャディーンが頑張ってもジュリアは目覚めることはないでしょう。自ら命を手放したのですから。勿論、あなたが頑張っても」
「いったいどうしてそんなことが……」
心臓が重く打ち始める。
声がかすれた。
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