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第六章 収穫祭
第46話 再会1
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「……すみません。そこにいらっしゃるのはジュリア姫でしょうか……」
若者の声が震えている。
道でもない庭園の樹木の間からおずおずと出てきた若者は、足元おぼつかなく木の幹に手を添える。
「……ここは立ち入り禁止で外部からの侵入は許可されてないのだが」
「それは、存じ上げませんですみません。庭園に入って行かれたのを見て、いてもたってもいられずご本懐のお祝いを直接申し上げたくて失礼とは存じましたが追いかけてしまいました。警護の方もわたしに気が付かなかったのか特に止める様子もなかったので、この機会は逃すのは一生の後悔、もう進むしかないと思いまして……」
びくつきながらわたしたちの出方を見極めようとしている。わたしの心臓はどくんと弾んだ。
わたしと同年代ぐらいのその声には覚えがあった。
身なりは華美ではないが、とりわけ質素であるというわけでもない。
かがり火が燃え上がり、照らしだし、若者の髪が銀と金に複雑に輝く。
優しげな顔を浮き上がらせた。
シャディーンの身体がわたしの視界をふさいだ。
「……もうご帰国されたと思っておりましたが」
「嵐の後、船の修繕に数日要しましたが、無事に出航し荷を受け渡しいたしまして、再び海にでて帰路にアストリアに寄港したのです。魔術師殿、お久しぶりです。レソラ・ジュリア姫とは、お初にお目にかかります」
「姫は、お疲れになられております。あくまで一般の方だと主張なさるのなら、お控えください」
シャディーンとせめぎ合う気配。
わたしはその背中から顔を出した。
後頭部で一つに結んだ髪がしなって弾み落ちた。案の定、若者の視線は髪に引き寄せられる。
ゆれる毛先から、なめるように視線が上がっていく。それとともに表情が明るくなり期待が膨らんでいくのが見て取れた。手で肩の見えない何かを払い、気持ちを改め、背筋がすくっと立ち上がる。
「ずいぶん長い間、お会いするのを楽しみにしておりました。公務にご復帰されるぐらいにご回復されたことを、心よりお喜び……」
緊張を含ませ慇懃に挨拶の口上を述べようとした若者は、わたしの顔を直視すると言葉を失った。
まじまじと顔を見て、再び髪を見る。
麗しく描かれた美少年の絵画がぐにゃりと曲げられたかのように顔がゆがみ別の何かが顔をだした。
「なんだ、お前。代役をさせられているのか。ようやく会えると思ったのだけどな」
「グリーリッシュ王子」
「いえ、わたしは今日はグリー、ですよ」
一瞬覗いた傲慢な色は、たちまち大人しそうな若者の表情に覆い隠されていった。
「樹里がここにいるということは、お姫さまはまだあのお部屋で眠っていらっしゃるということですね。わざわざ来たかいがあったものだとぬか喜びしてしまいました。祭りはこれからのようですが、もう樹里は戻るのですか」
「えっと、そうですね。この姿ですし」
以前は友人で本当はロスフェルス帝国の皇子であるグリーをどう扱えばいいかわからない。
わたしを知る人がいて、こうもあっさり身バレするとは思わなかった。
「グリーリッシュ王子」
「ただのグリーで結構です」
「グリー殿、あくまで貿易商のご子息だと言い張るのでしたら、不法侵入として今すぐ護衛を呼ぶか、わたしがこの場で拘束しても良いということですね」
そう前置きすると、シャディーンは口のなかでクルアーンを唱えはじめた。そっちがそのつもりならあわせてやる、とでも言うように背中が殺気立つ。
「うわあ、ま、待ってください。拘束された後に事情を説明するのが面倒くさ過ぎます。そうですね、それより、ジュリア姫が本物じゃないのなら、彼女をわたしに貸してもらうのはどうでしょう?」
「貸せるわけないでしょう」
グリーは構わずまっすぐわたしに向かって手を差しだした。
来いと命令するその手を掴みたくなる衝動がわき上がる。
「わたしを借りてどうするつもりなの?」
「ずっとこの城の中にいるのなら、少し足を伸ばして町の祭りにでも気分転換でもどうかと思って。どうですか?」
「帝国の皇子さまと祭りなんて……」
「ただのグリーですよ。友人だったじゃないですか」
「でもこの恰好じゃ、無理よ」
「髪がかつらなら、とってしまえばいいのでは?そのご大層な白服はみるからに重そうですし、脱いでしまえばいいんじゃないですか?」
「申し訳ありませんがこの娘はジュリア姫として部屋までもどらなければなりません。ですので今夜のところは……」
「どうする樹里?船は祭りの期間出航できない。ひとりじゃ時間があまって退屈しそうなんだ。この国の祭りを見てみたい」
それはわたしも同じだった。帝国の皇子が自分をただの貿易商の息子であると言い張り、友人としてわたしを誘うのなら、誘いに応じない手はない。
若者の声が震えている。
道でもない庭園の樹木の間からおずおずと出てきた若者は、足元おぼつかなく木の幹に手を添える。
「……ここは立ち入り禁止で外部からの侵入は許可されてないのだが」
「それは、存じ上げませんですみません。庭園に入って行かれたのを見て、いてもたってもいられずご本懐のお祝いを直接申し上げたくて失礼とは存じましたが追いかけてしまいました。警護の方もわたしに気が付かなかったのか特に止める様子もなかったので、この機会は逃すのは一生の後悔、もう進むしかないと思いまして……」
びくつきながらわたしたちの出方を見極めようとしている。わたしの心臓はどくんと弾んだ。
わたしと同年代ぐらいのその声には覚えがあった。
身なりは華美ではないが、とりわけ質素であるというわけでもない。
かがり火が燃え上がり、照らしだし、若者の髪が銀と金に複雑に輝く。
優しげな顔を浮き上がらせた。
シャディーンの身体がわたしの視界をふさいだ。
「……もうご帰国されたと思っておりましたが」
「嵐の後、船の修繕に数日要しましたが、無事に出航し荷を受け渡しいたしまして、再び海にでて帰路にアストリアに寄港したのです。魔術師殿、お久しぶりです。レソラ・ジュリア姫とは、お初にお目にかかります」
「姫は、お疲れになられております。あくまで一般の方だと主張なさるのなら、お控えください」
シャディーンとせめぎ合う気配。
わたしはその背中から顔を出した。
後頭部で一つに結んだ髪がしなって弾み落ちた。案の定、若者の視線は髪に引き寄せられる。
ゆれる毛先から、なめるように視線が上がっていく。それとともに表情が明るくなり期待が膨らんでいくのが見て取れた。手で肩の見えない何かを払い、気持ちを改め、背筋がすくっと立ち上がる。
「ずいぶん長い間、お会いするのを楽しみにしておりました。公務にご復帰されるぐらいにご回復されたことを、心よりお喜び……」
緊張を含ませ慇懃に挨拶の口上を述べようとした若者は、わたしの顔を直視すると言葉を失った。
まじまじと顔を見て、再び髪を見る。
麗しく描かれた美少年の絵画がぐにゃりと曲げられたかのように顔がゆがみ別の何かが顔をだした。
「なんだ、お前。代役をさせられているのか。ようやく会えると思ったのだけどな」
「グリーリッシュ王子」
「いえ、わたしは今日はグリー、ですよ」
一瞬覗いた傲慢な色は、たちまち大人しそうな若者の表情に覆い隠されていった。
「樹里がここにいるということは、お姫さまはまだあのお部屋で眠っていらっしゃるということですね。わざわざ来たかいがあったものだとぬか喜びしてしまいました。祭りはこれからのようですが、もう樹里は戻るのですか」
「えっと、そうですね。この姿ですし」
以前は友人で本当はロスフェルス帝国の皇子であるグリーをどう扱えばいいかわからない。
わたしを知る人がいて、こうもあっさり身バレするとは思わなかった。
「グリーリッシュ王子」
「ただのグリーで結構です」
「グリー殿、あくまで貿易商のご子息だと言い張るのでしたら、不法侵入として今すぐ護衛を呼ぶか、わたしがこの場で拘束しても良いということですね」
そう前置きすると、シャディーンは口のなかでクルアーンを唱えはじめた。そっちがそのつもりならあわせてやる、とでも言うように背中が殺気立つ。
「うわあ、ま、待ってください。拘束された後に事情を説明するのが面倒くさ過ぎます。そうですね、それより、ジュリア姫が本物じゃないのなら、彼女をわたしに貸してもらうのはどうでしょう?」
「貸せるわけないでしょう」
グリーは構わずまっすぐわたしに向かって手を差しだした。
来いと命令するその手を掴みたくなる衝動がわき上がる。
「わたしを借りてどうするつもりなの?」
「ずっとこの城の中にいるのなら、少し足を伸ばして町の祭りにでも気分転換でもどうかと思って。どうですか?」
「帝国の皇子さまと祭りなんて……」
「ただのグリーですよ。友人だったじゃないですか」
「でもこの恰好じゃ、無理よ」
「髪がかつらなら、とってしまえばいいのでは?そのご大層な白服はみるからに重そうですし、脱いでしまえばいいんじゃないですか?」
「申し訳ありませんがこの娘はジュリア姫として部屋までもどらなければなりません。ですので今夜のところは……」
「どうする樹里?船は祭りの期間出航できない。ひとりじゃ時間があまって退屈しそうなんだ。この国の祭りを見てみたい」
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