悪女がお姫さまになるとき

藤雪花(ふじゆきはな)

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第六章 収穫祭

第47話 再会②1

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 王城の門前に、王が海を前に神事を行ったのと同様の大きな祭壇が作られ、米俵に干し昆布やイカなど海鮮、山の幸、栗や果物、もちろんジュリア姫の酒樽も奉納されているその前で、人々は祈りを献げると龍の仮面を身につけた白服から何かを受け取っては後に続く者へ場所を譲っていく。
かがり火に加えて提灯のようなまん丸いあかりが連なり、崖の上の王城から城下の港町への道を照らし示す。光の道が続く限り、夜店と屋台と祭りを楽しむ人たちでざわめいているのだろう。
王城前は一つの町内に住む者たちが全員出ているのではないかと思えるぐらいごった返している。どこからともなく聞こえるお囃子と渾然一体となり、日が完全に落ちているにも関わらず、真昼のような蒸し暑さと人いきれで、繋ぐ手は汗ばんだ。

 人々はキツネや熊や、鯖やイルカのお面をを頭に付けたり、頸に下げたりしている。仮面を着けるのがしきたりのようだ。

「ほら、これはどうでしょう、お姫さま」

 グリーは屋台の、たくさん仮面を並べた台の上からティアラをつけたキツネの仮面をわたしに選んだ。

「じゃあ、グリーはこれかな」
 お返しに大きな王冠をつけたリスの仮面をグリーに選ぶ。
 王冠にグリーの笑顔はひくついた。
「わたしが王冠を臨めば帝国内は混乱してしまう」
「この程度で?ただの縞リスよ?あんたの国は海を越えた向こうなんでしょ。こんな小さな国のおもちゃの仮面で何を怖がるっていうの?」
「第三皇子は皇位を望めば上の二人はよく思わない。反逆罪、国家転覆罪でもでっちあげられるだろうね」

 そうまじめにいうグリーは、ずり落ちそうになりながらも王冠を斜めにかぶるリスの仮面を真剣に見ると、噴き出して笑った。

「あはは。どんなばかげたことだとしても大まじめで揚げ足を取るのが王族のやり方なんだよ。あなたといると気にしなくていいような気がする」
「どうして?」
「樹里が異国から来たからなのかな?どこの国でも同様にかたぐるしく義務と礼節と名誉で縛られた王城で、自分を貫いていそうだから?」
「それはKYよね」
「けーわい?」
「空気読めない。わたしの場合は空気、あえて読まない、よ」

 よく見れば、キツネはただのキツネではなくて、頬に鱗が三枚あるお姫さまキツネで、王さまシマリスは目の下に鱗がみっちりと並んでいる。

「どの仮面もみんな鱗が付いてるのね」
「龍の加護を王族は得ているからね。龍はアストリアの象徴で、魔術師も水系が強い。水を利用したりする」
「本を取り出したり、未来を見たり?」

 わたしがこの世界で目覚めたのは禁領の海辺だった。
 凪いだ水面に映り込む大きな月。
 シャディーンは満月の引き寄せる力と海を利用して、わたしを呼び出した。

「本当のお姫さまの方は、まだのようだね」
「気になるの?」
「そりゃあ、そうでしょう?」
「目覚めたとしても、ルシルス王子は相応の代替品を渡すつもりよ」
「何を?」
「これとか?」

 祭壇の前で祈願を終えた者たちに白装束の龍の衣装の者たちは酒を配っていた。
 欲しいと手を伸ばしたらひとつ手に押し込んでくれた。
 すがすがしい香りだけで、わたしが作ったものだとわかる。
 アストリア全土で行われているという祭りに奉納するために酒蔵は空になってしまった。
 奉納された酒はこうして来訪者に振る舞われていた。
 口にしている人たちの反応をみると、雑味の混ざる強い酒を期待していた者たちは拍子抜けした顔になるが、香気とさわやかな味わいに衝撃を受けているものも多い。

 グリーの口に紙の器を押しつけるとわたしの手に手を重ねて一口に呑みきる。

「なるほど。ジュリア姫のように清浄で澄み切った泉のような酒というわけですね。姫はまだ目覚めていないのなら誰がこの酒を?」
「わたしよ。あなたと出会った酒の倉庫の奥にジュリア姫の酒蔵があってそこで姫の代わりに作ったの。稲玉から培養した麹もレシピも残している。これから寒くなるから収穫を終えた農家から人手をつのることもできそう。わたしがいなくなっても、この酒が使えるのなら、安定的に製造してロスフェルス帝国に納税できる。問題はどれぐらいの量がジュリア姫の代わりとして妥当なのかということで、そのあたりはルシルス王子が交渉することでしょうけど」

「あなたがいなくなっても?ということは、わたしと一緒に来てくれる決心がついたというのですか?」
「はあ?どういうこと?」
「以前、別れる前にロスフェルスに一緒に来ないかと誘ったことをもしかして忘れているんじゃあ……」

 まるで思わせぶりな態度をとる悪女がいたいけな美少年を落胆させるような図ではないか。
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