悪女がお姫さまになるとき

藤雪花(ふじゆきはな)

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第六章 収穫祭

第49話 逃避行②(収穫祭完)

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「異世界人の召還、本当に可能なのか?……あいつがいないと生きていけないと何度もあなたは口にするのは脅されているのか弱みを握られているのか、わたしが助けてやってもいい」

 花火が一瞬鮮やかに照らし出した顔は、グリーではなくグリーリッシュだ。
 支配する側の人間だった。
 だけどすぐに、わたしのよく知るグリーに戻る。

「本気なの?」
「本気だよ。異世界人というものがどういうものなのか、異世界にも興味がわきます。ニホン、日本とはどんな国ですか?どんな王が支配していて、人口はどれぐらい?主要産業は何ですか?」
「王はいなくて、天照らす大御神の流れを引く天皇家が延々と続いているから、それが王のようなものかなあ。アストリア国のように島国で、だけどもっとずっと人口は多い。一億人……」
「一億だって!?」

 グリーは目を丸くした。
「島国で一億人ならぎゅうぎゅう詰めで生活でもしているのですか!食料が足りなかったり教育がいきとどかなかったり衛生面でも問題が起こりそうですが」
「そういうわけじゃないけど、いえ、ある意味そうなのかも?ウサギ小屋と言われた時期もあったし?小麦など食料は外国から輸入したりしてなんとかなっているし、海鮮を輸出したりしてどっこいどっこいのバランスをとっていて、衛生面はきわめてきれい好きな国民性だからほぼほぼ問題ないんじゃないかしら」

 グリーの質問は止まらない。
 わたしの答えを他で確かめられないならば、異世界の日本のイメージがわたしの認識がそのままになってしまいそうだった。だけど、誰も確かめようがないのなら、多少誇張や誤解が混ざっても問題なさそうだった。

「……あなたさえよければ、花火が終われば我々はここを出立します。魔術師が帰還を盾にあなたを拘束し自由意思を奪っているというのなら、彼らにかわって我々の側の優れた魔術師によって帰国させることもできるでしょう」
「そんなこと考えたことがなかったわ」
「保護者がいなくなるのが怖いのならばわたしがなるよ。グリーリッシュとして。わたしは誰かの代役して、かつらを着けさせたりしないし、弱みに付け込むこともない。こう見えて、わがまま、傲慢で通っているので、たいていのことはわたしの思う通りに進められる」

 グリーの目が輝き誘う。
 こんなに誰かに求められたことがあるのだろうか。
 わたしをアストリアから連れていきたいというのは本気なのだ。

「友人として?」
「友人、以上でもわたしは構わない。ずっと滞在すると決意するのならわたしの側にしかるべき場所を設けることもできる。いろいろあって、婚約者も不在のままだから」
 ふと美麗な顔に皮肉な笑みが浮かぶ。
 ロスフェルス帝国の皇子がいうしかるべき場所とは愛人というものだと思う。
 愛人でなく友人でもいいという。
 本当に言葉通り帰してくれるのならばこんな良い条件はなさそうだった。

「さあ、花火はクライマックスだね。前にも言っていたからそろそろ決心がついてもいいんじゃないですか?」
 
 
 グリーの手はまっすぐにわたしに伸びる。
 何度彼はわたしに手を差し出してくれるのだろう。
 この世界の、海の向こうの彼の帝国がどんなものか見てみたかった。
 勝手に押し付けられた役目を忘れ、少しばかり寄り道してもいいじゃないの?
 グリーの好意は不快ではない。
 シャディーンはジュリアを愛することができないためにわたしを抱く。
 ルシルス王子はわたしを通してジュリアを見る。
 ここにはジュリアさえいればいい。
 わたしは不要のお人形なのだ。

 だから、思わずつかもうと手を伸ばした。
 
 途端に、心臓に切り込むような痛みが走った。
 血が逆流するような苦しみに、呼吸が苦しくなる。


 すでに体の中にはシャディーンの治療魔術が施されている。シャディーンが肌をすり合わせ、口移しでシャディーンの魂の色に輝く魔術文様クルアーンを飲みこませ、この世界に耐えられない体をなんとかなじませた。
 偉大なる魔術師サラディンが召喚術を禁術となしたのも、わたしは身をもって知ってしまった。
 彼の治療魔術をもう受けられないと思うだけで、治療魔術の効果が無効化し、わたしの身体が壊れていくような気がする。
 
 胸の苦しみをはきだしたしたくて、咳がでる。
 一度二度三度。
 四度目の時に、咳とともにごぼりと何かの塊を吐き出した。
 赤黒い、何か。
 指の間からしたたりおちた雫が、白い下着を真っ赤に染める。 
 

 わたしは新たな世界を約束するその手をつかむことができなかった。
 いつの間にかあんなに軽快に打ちあがっていた花火は終わっていた。
 グリーが血相を変えて何かを叫び、わたしの身体は知らない男に支えられた。
 わたしに残された時間はわずかだった。
 吸っても吸っても酸素が足りない。
 視界が黒くぼやけていく中、銀色に輝くクルアーンが見えた。
 ひとつふたつではなく、いくつも。シャディーンの、切羽詰まったときのクルアーンだ。
 薄れゆく意識の中、周囲があわただしく動くのがわかる。
  
 悲鳴のように、怒鳴るように、わたしを呼ぶ声が重なる。
 わたしは意識をうしなった。


 収穫祭完

 


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