悪女がお姫さまになるとき

藤雪花(ふじゆきはな)

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第六章 収穫祭

第48話 逃避行①

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「シャディーンはわたしの命も同様の、頼りの綱なの」
「命って、穏やかじゃないですね」

 リスの王さまは座り直して腰を据えた。
 その時、辻の人混みがどっとどよめいた。
 
 怒鳴り声に悲鳴が混ざりあう。いきなり辻の向こう側で喧嘩が始まったようだ。
 慌てて騒動を避けようとした者たちが押し合いぶつかり、何するんだよ!とたちまち別の小競り合いが始まる。
 わたしたちが座っていた方へ倒れ込んでくる人もいた。とっさに足を引っ込めなければ下敷きになるところだった。
 上品な若者らしからず、グリーは舌打ちをする。対応は早かった。素早く立ちあがるとわたしの手をとり、騒ぎに巻き込まれないように脇に寄り身体で壁を作ってくれる。

「ここから退避する」グリーがわたしでない誰かに言った。
「先の路地へ入ってください」
 グリーに応える男の声。
「走って!」

 明かりのない路地へ走りだす。
 グリーの前を誰かが先導している。
 帝国の皇子がひとりで他国にきているはずがなかった。わたしの後にもひたりとつけて走ってくる者がいた。
 振り返って確かめられないが、その者もグリーの仲間なのだろう。

「ジュリさまが消えた!喧嘩の騒動に巻き込まれたのかも知れない!早く、この騒動を静めろ、馬鹿者!」

 騒ぎを、セドリック騎士団長の胴間声が割る。
 路地を右に曲がり左に曲がればざわめきが遠のいていく。
 
 グリーは仮面を捨てたがわたしの手は離さない。
 二人で暗がりを走ると、浮き上がって空中を走っているような気になる。
 なんだか逃避行のようで楽しい。わたしの、アストリアでの役目も出来事もすべて祭りの騒動が起こったところへおいていくような気になる。わたしのお姫さま狐の仮面はいつの間にか落としてしまった。
 
 だけどそう長くは走れない。
 ヒールの靴では全力で走り続けるのには無理があった。息が苦しい。心臓が制御しようもなくたたいている。
 つまずき前のめりに転び掛けた。
 グリーが抱き留め、わたしはしがみついた。
 ぜえぜえと壊れた笛のような呼吸のわたしと比べて、グリーは少し息が上がっている程度である。

 いつの間にかあたりは人気のない宿屋街で、海は見えないけれど潮騒の音ですぐ海岸線近くまで来ているのがわかった。これ以上一歩も歩きたくなかった。慣れないヒールで走ったために、かかとはすりむけ、靴の先に押し込められた指は悲鳴を上げていた。靴の甲に飾られたとりどりの色に輝く宝石がうらめしい。

「ここまできたので靴を脱いで、わたしの宿で休みましょう」

 さらりとグリーは誘う。
 男の部屋に入るべきではないと思うが、足が痛すぎて、呼吸がくるし過ぎて、心臓も爆発しそうである。
 おさまっていた咳の軽い発作もでた。
 さらに苦しくて、あえいだ。

「大丈夫ですか。いきなり走ったから。あなたの話を落ち着いて聞きたいですし休めますし」

 グリーに再度促され、グリーが宿泊しているという宿屋に入る。
 シーツを抱える宿屋の娘がグリーに気が付き笑顔になるが、わたしに気が付くと目に見えてがっかりと肩を落とした。夜に女を連れて戻ってきたら、そういう関係だと誤解したのかもしれない。グリーとわたしはただの友達なのに。
 この宿屋までともに走った先導者と背後の者は、グリーの部屋に入るまでに姿を消していた。
 きれいに整ったベッドと最小限の家具だけの小さな部屋で、グリーとふたりきりである。
 わたしはベッドに腰掛け、グリーは椅子をベッドに寄せて座った。
 心配げに覗き込むので、わたしは笑みを見せる。

「咳はもう大丈夫よ。急に走ったから肺が驚いたのかも」
「治まったのならよかった。あなたを見失って、アストリアの騎士たちはきっと大変なことになっているよ」
「まさか、セドリック騎士団長がわたしに付いてきているとは思わなかったわ」
「他にも、4、5人いたよ。ずっとわたしたちとつかず離れずだった。眠り姫の異国の友人で、魔術師を保護者にもち、城外にでれば騎士たちを護衛に引き連れる樹里。知れば知るほど、興味深いね。ここなら安心して話ができる。あなたのことが知りたい」

 何度か深呼吸をする。
 もう発作は始まりそうにない。
 差し出されたハンカチで額の汗をぬぐう。

 ぽんぽんと音がする。
 カーテンの向こうが明るくなる。
 グリーがカーテンを開けるとまん丸に開いた花火が消えていくところだった。
 続けざまにまたひとつふたつと夜空に赤や黄色、青の花火が広がる。
 グリーはじっとわたしが話し出すのを待っていた。

「わたしの国は日本というここではない、異世界の国なの……」
 わたしは話した。
 異世界から来たことを。『光輝く命』の娘であること。ジュリア姫を目覚めさせるお手伝いを毎夜していること。シャディーンが戻れというのは今夜もその役目を果たさなければならないこと。

「ジュリア姫が生気を取り戻しているのは確かなの。ルシルス王子も二日後の新月の儀式でジュリア姫が目覚めるのを確信している。だからこその代理で。ジュリア姫が酒を造ったことにしているし。みんなジュリア姫が目覚めるのを今か今かと待っている。わたしはできる限りのことをして、それで、わたしをこの世界に呼び寄せたシャディーンに元の世界に戻してもらうつもりなの」 
「こんなちっぽけな国だけで戻ってしまうの?」
「保護者がいないとわたしはこの世界では生きていけないから」



 

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