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第七章 目覚める

第51話 最後の儀式②2

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 興奮にその目はぎらつく。
 穏やかな仮面は脱ぎ捨てられていた。
 ロスフェルスの皇子と同様に、ルシルス王子にも二面性がある。

「ジュリアが自死したのは俺たちのせいなのだから」
「お前が防ぎきれなかったためだ。それを責めたことはないだろう」
「水盤で未来を覗かせたのは、あなたが俺に指示したことだった」
「未来は変わりうるということを伝えなかったお前が悪いのだろう?わたしのせいではない!ジュリアは優しく弱い女だ。未来を見せるように言ったのは、皇子妃候補としてここを離れることになれば耐えがたい未来が待っていて、それを避けるためにアストリアにとどまるという決意をもってほしかっただけだ。お前もそうだっただろう?」

 その通りだった。ジュリア姫を愛していたから。
 だから、ロスフェルス行きに迷う姫に、未来が見れると禁忌を破ることをそそのかしたのだ。
 
 ジュリア姫は水盤をのぞき込む。
 一度目、二度目に立ち会った。
 三度目からは立ち会っていない。
 隙をみて、ジュリア姫は憑かれたように未来を覗く。
 水盤がみせる未来には、限りなく濃淡がある。樹里もわずかな間に自分の世界で何十年も過ごしたと言った。
 シャディーンはそんなに先の未来まで見たことはない。

 納得のいく未来を掴むために、何十回、何百回、ジュリア姫は人生を体験したのだろう。 
 水盤が映した未来がどんなものであれ、ジュリア姫は望んだ未来が見れないことに絶望し、自死を選んだ。

「あれは、わたしがロスフェルス帝国に行っている間の不幸な出来事だった。ジュリアが目覚めれば、わたしは今度こそジュリアから目を離すつもりはない。誰からも、王妃からも、そのほかのどんな苦しみからも守ってやるつもりだ。帝国に行かせない。代わりの品は、その娘が作ってくれた。香気さわやかな、清浄な酒だ。今までどこにもなかった酒だよ。あれには価値がある。良い置き土産をしてくれた」
 

 問わなくてもルシルス王子の答えは初めから出ている。
 ルシルス王子が選ぶのはジュリア姫。

「シャディーン、拾ってやった恩を忘れるな。彼女は死にかけている。一晩治療魔術をかけても無駄だということはわかっているだろう?なら彼女の命の輝きをジュリアの命の糧として、生かしてやるんだ。はじめからそのつもりで召喚したのに、いまさらためらうんじゃない」

  
 満月を写す海と、川をつなげた。
 彼女は世界に絶望していて、手をのばせば手繰り寄せることができた。
 ジュリア姫を生かすためにささげられた贄だった。
 まぶしく輝く命を内側にもつのに、どこか悲しい。
 生きることに貪欲なのに、もろい。
 自分は誰からも愛されることはないと思っているからなのか。
 
 ようやくわかった。
 自分が選ぶのはジュリア姫ではなかった。
 この世界で生きるために必死に己に縋りついた女を愛していた。


 
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