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第七章 目覚める
第52話 最後の儀式③
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明けぬ夜なし
満ちぬ月なし
闇夜を映す射干玉の
黒髪白き雪の肌
混沌の闇底に
まどろみたゆたう
麗しき姫
我らの祈りは届きしか
つながりたまえ
与えたまえ
目覚めたまえ
熱も光も流れゆく
命も愛も流れゆく
明けぬ夜なし
満ちぬ月なし……
既に、これまでの儀式と同様に詠唱は始まっている。
二人の娘は手をつなぎ目を閉ぐ。
二人の印象も、顔の造作も天と地ほど異なるはずだった。
足先まで広がる美しい髪をもう一人の娘のために短く切ったためなのか、それでも胸の下までの長さはあるが、血の気の失った二つの顔は区別がつかないほどよく似ているような気がして、二人を見るものたちに危ういめまいを感じさせた。
白い二つの面を、異世界の向こう側からあざ笑うかのような、冷たい月が浮かぶ夜空にむけている。
詠唱を続けるかたわらで、侍女が手首の傷に包帯を巻く。
「ああ、ジュリさま……」
アリサというジュリアの侍女だった娘は、今は樹里のために泣く。
彼女は完全に理解していた。この儀式はジュリア姫のためだけの儀式だからだ。
樹里がアリサを煩わすこともない。ジュリアが目覚めることの喜びよりも、悲しさが勝るのだ。
包帯を巻き終えると円陣の外へ、クルアーンの形に置かれた蝋燭の炎に気を付けながら退いた。
彼女は本来儀式に立ち会うことはない。一刻も早く儀式を執り行うために、シャディーンの手首の治療は、儀式を執り行いながらになっていただけだった。
ベッドの傍ら、ジュリアの側にはルシルス王子が祈りを捧げ、姫の覚醒を今か今かと待ち構える。
そのジュリアは固く閉じていた瞳を不意に開き虚空を見つたかと思えば、もう閉じていた。
唇が何かを話し出すかのようにかすかにふるえることもある。
ルシルス王子が確信し、樹里を代役にしたてあげたのもわかるぐらい、姫が目覚めはじめているのはまぎれもない事実だった。
新月を二日後に控え、月の力が万全ではないとはいえ、樹里の命の輝き全てを移せば目覚める可能性は高い。
ジュリア姫の意識は薄皮一枚向こうにある。
あとは、外側からの些細な刺激、内側からの何かのきっかけで、破られるのを待つだけなのだ。
姫の目覚めは樹里の完全な死を意味する。
ルシルス王子の隙をついて、今の樹里を元の世界に戻すことが頭によぎった。
この場にいる全員を眠らせ、彼女が出現した海辺に運び、再度異世界へ送り出すことを考えた。
だが、樹里の身体は転送に持ちそうにない。
もう、とどめなく内側から崩壊が始まっている。
決断するのが遅かった。
異世界の娘が自分にとってジュリア姫よりも大事になるとは予想もしなかったことなのだ。
もし早めに気が付いていたのならば、樹里をもとの世界に送り、ジュリア姫は遠からず死ぬという、二つの大きな喪失だけが残っていた。
だから、この事態は今の時点で最善なのだ。
己の愛した樹里自身の、幾ばくかが姫の体内で息づくというのなら、樹里は生きているということなのだと、シャディーンは信じ込もうとした。
悲しみが沸き上がる。あふれ出そうになる涙を飲み込んだ。
※
シャディーンのクルアーンだ、と思う。
輝く銀色のまぶしい世界で、意識が浮遊していた。
シャディーンとルシルス王子が争う気配に手繰り寄せられていく。
浮ついているのが不安定で、たしかな手がかりがほしくて己の肉体に戻ろうと、すべりこむ。
満ちぬ月なし
闇夜を映す射干玉の
黒髪白き雪の肌
混沌の闇底に
まどろみたゆたう
麗しき姫
我らの祈りは届きしか
つながりたまえ
与えたまえ
目覚めたまえ
熱も光も流れゆく
命も愛も流れゆく
明けぬ夜なし
満ちぬ月なし……
既に、これまでの儀式と同様に詠唱は始まっている。
二人の娘は手をつなぎ目を閉ぐ。
二人の印象も、顔の造作も天と地ほど異なるはずだった。
足先まで広がる美しい髪をもう一人の娘のために短く切ったためなのか、それでも胸の下までの長さはあるが、血の気の失った二つの顔は区別がつかないほどよく似ているような気がして、二人を見るものたちに危ういめまいを感じさせた。
白い二つの面を、異世界の向こう側からあざ笑うかのような、冷たい月が浮かぶ夜空にむけている。
詠唱を続けるかたわらで、侍女が手首の傷に包帯を巻く。
「ああ、ジュリさま……」
アリサというジュリアの侍女だった娘は、今は樹里のために泣く。
彼女は完全に理解していた。この儀式はジュリア姫のためだけの儀式だからだ。
樹里がアリサを煩わすこともない。ジュリアが目覚めることの喜びよりも、悲しさが勝るのだ。
包帯を巻き終えると円陣の外へ、クルアーンの形に置かれた蝋燭の炎に気を付けながら退いた。
彼女は本来儀式に立ち会うことはない。一刻も早く儀式を執り行うために、シャディーンの手首の治療は、儀式を執り行いながらになっていただけだった。
ベッドの傍ら、ジュリアの側にはルシルス王子が祈りを捧げ、姫の覚醒を今か今かと待ち構える。
そのジュリアは固く閉じていた瞳を不意に開き虚空を見つたかと思えば、もう閉じていた。
唇が何かを話し出すかのようにかすかにふるえることもある。
ルシルス王子が確信し、樹里を代役にしたてあげたのもわかるぐらい、姫が目覚めはじめているのはまぎれもない事実だった。
新月を二日後に控え、月の力が万全ではないとはいえ、樹里の命の輝き全てを移せば目覚める可能性は高い。
ジュリア姫の意識は薄皮一枚向こうにある。
あとは、外側からの些細な刺激、内側からの何かのきっかけで、破られるのを待つだけなのだ。
姫の目覚めは樹里の完全な死を意味する。
ルシルス王子の隙をついて、今の樹里を元の世界に戻すことが頭によぎった。
この場にいる全員を眠らせ、彼女が出現した海辺に運び、再度異世界へ送り出すことを考えた。
だが、樹里の身体は転送に持ちそうにない。
もう、とどめなく内側から崩壊が始まっている。
決断するのが遅かった。
異世界の娘が自分にとってジュリア姫よりも大事になるとは予想もしなかったことなのだ。
もし早めに気が付いていたのならば、樹里をもとの世界に送り、ジュリア姫は遠からず死ぬという、二つの大きな喪失だけが残っていた。
だから、この事態は今の時点で最善なのだ。
己の愛した樹里自身の、幾ばくかが姫の体内で息づくというのなら、樹里は生きているということなのだと、シャディーンは信じ込もうとした。
悲しみが沸き上がる。あふれ出そうになる涙を飲み込んだ。
※
シャディーンのクルアーンだ、と思う。
輝く銀色のまぶしい世界で、意識が浮遊していた。
シャディーンとルシルス王子が争う気配に手繰り寄せられていく。
浮ついているのが不安定で、たしかな手がかりがほしくて己の肉体に戻ろうと、すべりこむ。
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