悪女がお姫さまになるとき

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
64 / 72
第七章 目覚める

第52話 最後の儀式③

しおりを挟む
 明けぬ夜なし
 満ちぬ月なし

 闇夜を映す射干玉の
 黒髪白き雪の肌
 
 混沌の闇底に
 まどろみたゆたう
 麗しき姫 
 我らの祈りは届きしか

 つながりたまえ
 与えたまえ
 目覚めたまえ
 
 熱も光も流れゆく
 命も愛も流れゆく 
 
 明けぬ夜なし
 満ちぬ月なし……



 既に、これまでの儀式と同様に詠唱は始まっている。
 二人の娘は手をつなぎ目を閉ぐ。
 二人の印象も、顔の造作も天と地ほど異なるはずだった。
 足先まで広がる美しい髪をもう一人の娘のために短く切ったためなのか、それでも胸の下までの長さはあるが、血の気の失った二つの顔は区別がつかないほどよく似ているような気がして、二人を見るものたちに危ういめまいを感じさせた。
 白い二つのおもてを、異世界の向こう側からあざ笑うかのような、冷たい月が浮かぶ夜空にむけている。

 詠唱を続けるかたわらで、侍女が手首の傷に包帯を巻く。

「ああ、ジュリさま……」

 アリサというジュリアの侍女だった娘は、今は樹里のために泣く。
 彼女は完全に理解していた。この儀式はジュリア姫のためだけの儀式だからだ。
 樹里がアリサを煩わすこともない。ジュリアが目覚めることの喜びよりも、悲しさが勝るのだ。
 包帯を巻き終えると円陣の外へ、クルアーンの形に置かれた蝋燭の炎に気を付けながら退いた。
 彼女は本来儀式に立ち会うことはない。一刻も早く儀式を執り行うために、シャディーンの手首の治療は、儀式を執り行いながらになっていただけだった。
 ベッドの傍ら、ジュリアの側にはルシルス王子が祈りを捧げ、姫の覚醒を今か今かと待ち構える。

 そのジュリアは固く閉じていた瞳を不意に開き虚空を見つたかと思えば、もう閉じていた。
 唇が何かを話し出すかのようにかすかにふるえることもある。
 ルシルス王子が確信し、樹里を代役にしたてあげたのもわかるぐらい、姫が目覚めはじめているのはまぎれもない事実だった。
 新月を二日後に控え、月の力が万全ではないとはいえ、樹里の命の輝き全てを移せば目覚める可能性は高い。
 ジュリア姫の意識は薄皮一枚向こうにある。
 あとは、外側からの些細な刺激、内側からの何かのきっかけで、破られるのを待つだけなのだ。

 姫の目覚めは樹里の完全な死を意味する。
 ルシルス王子の隙をついて、今の樹里を元の世界に戻すことが頭によぎった。
 この場にいる全員を眠らせ、彼女が出現した海辺に運び、再度異世界へ送り出すことを考えた。
 だが、樹里の身体は転送に持ちそうにない。
 もう、とどめなく内側から崩壊が始まっている。
 決断するのが遅かった。
 異世界の娘が自分にとってジュリア姫よりも大事になるとは予想もしなかったことなのだ。
 もし早めに気が付いていたのならば、樹里をもとの世界に送り、ジュリア姫は遠からず死ぬという、二つの大きな喪失だけが残っていた。

 だから、この事態は今の時点で最善なのだ。
 己の愛した樹里自身の、幾ばくかが姫の体内で息づくというのなら、樹里は生きているということなのだと、シャディーンは信じ込もうとした。
 悲しみが沸き上がる。あふれ出そうになる涙を飲み込んだ。


 ※

 シャディーンのクルアーンだ、と思う。
 輝く銀色のまぶしい世界で、意識が浮遊していた。

 シャディーンとルシルス王子が争う気配に手繰り寄せられていく。
 浮ついているのが不安定で、たしかな手がかりがほしくて己の肉体に戻ろうと、すべりこむ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

処理中です...