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第七章 目覚める

第52話 最後の儀式③2

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 痛くて苦しくて中にとどまり続けるのは至難の業だった。
 シャディーンの切実な愛は絶えず流れ込んできては苦痛を流していく。
 この世界で三ヶ月も生きて元気にいられたのはひとえにシャディーンが必死に治癒を行い彼の命を注ぎこんでくれていたおかげなのだと、今更ながらに知る。
 だけど当然ではないの?という気持ちもある。

 わたしをこの世界に引き寄せたのは彼なのだから、最後まで責任をもって送り返すところまでができる男の仕事なのじゃないの?
 シャディーンはもう少し頑張ってくれるはず。
 わたしの未来は、元の世界の貴文と共にあると水盤が教えてくれたじゃないの。
 戻ったら、美奈とのレトロで効果的な愛をはぐくむ手段となった手紙を見つけ出して捨ててやる。
 貴文の目の前で破り捨ててもいい。
 美奈は奥手なんだから、遅い結婚相手と離婚してひとりで打ちひしがれて地元に戻ってこないように、イイ男を紹介してあげよう。実家の家業の酒蔵を継ぐ弟がうらやましいからといって避けるのではなくて、気まずかろうが、うっとうしがられようが、毎年三回は実家に戻るつもり。もちろん、旦那となった貴文を連れ、別行動なんてぜったいにしない。よそ見なんてさせない。自由にしないんだ。
 水盤がみせた未来は、ひとつの可能性に過ぎないと、シャディーンは言っていなかったっけ?
 もう、うまくいかないポイントだったり、不幸への分岐点、遠因は掴んだ。
 もう一度、不安を解消したくて未来をみたかったけれど、正直、見る必要なんてないじゃない?

 でも、本当に苦しい。
 目を開きたい。
 息が苦しいからやめてと、早く元の世界に戻してとシャディーンに訴えたい。
 銀に輝くシャディーンのクルアーンは、いつから真っ赤になったっけ?
 指一本動かせない。
 もがき、あがき、焦り始めた。
 不安が膨れる。
 わたしの未来は、元の世界にあるのだから、大丈夫。
 だから、大丈夫だとシャディーン、言って。
 答えて!
 わたしは生きたいの! 

  
 身体の痛みに苦しみのたうちまわり始めたわたしの意識に、ひっそりと重なるものがあった。くすりと笑った気配で、わたしじゃない何かだとわかったのだ。
  

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