王者の前に跪け~全寮制学院は波乱万丈

藤雪花(ふじゆきはな)

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第1部 第1話 大和薫英学院

4、桜の花びらには魔法がある。

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のそりと森から姿を現したのは、頭を落した野犬だった。
鼻も手足も長く、シェパードが混ざる狩猟犬である。

その目が血走り、飢えていた。
日々希は語りかけても無駄と判断する。
ジャケットを脱ぎ、左腕にぐるぐると巻き、盾のように顔と喉を守る。
手近にあった桜の折れた枝の、根本に近い方を野犬に向ける。

ぐるぐると唸る野犬は、先客の前に立ちはだかる日々希の腕に向かって噛みついてきた。
グッと噛みつかれたところ、日々希は枝を持ち直し急所の喉に指し貫いた。
確かな手応えがある。

「一匹!」

ぐるぐると唸るもう一匹が、日々希の視界に入っていた。
少年を狙っている野犬の鼻先に、枝先をムチのように鋭く叩きつけた。
ギャンといって、二匹目は逃げ去る。

「二匹!次は、、、」
次はなかった。
軽く息が弾む。
噛まれた腕は、体中に一気に巡ったアドレナリンのお陰でまだ痛みを感じない。
無敵な感覚。

「あんた、本当に刺客に狙われているんだ。野犬にしては色ツヤがいいし、腕に飛びかかってきたところを見ると、こういう防護衣に飛びかかるように訓練されているようだった」
日々希はいう。
血を吐き、絶命しているあわれな一匹目を見ると急激に興奮が鎮まっていく。
身を守るためとはいえ心が痛む。

「あんた、すごいな。助かった。今度の目付けはすごい迫力だな」
「いや、だから、僕はただの新入生だから、、、」
「ただの新入生が、犬二匹を冷静に仕留めたり、撃退できるとは思えない」
彼は手を差し出したので、日々希はつかんで引き起こした。
背は日々希と同じぐらい。
「僕は山育ちだから、動物の危険には慣れているから。たまに野犬も相手にするし、でもあれは野犬でないから」
「名前はなんていう?」
「藤 日々希」
少年は整った眉を思案気に寄せた。

「フジヒビキ、、、。フジは不治か?いや不死、富士ともいう。壮大な名前だな。
ひびきはいいな。で、どこの派閥だ?」
やはり、昨日の剛の話はつくり話ではないらしい。
気にするヤツがここにもいる。
「フジは藤の花の、藤!僕は、一般だよ。パンピーだよ」
彼はぱちくりと目を見開きまじまじと日々希を見た。
「パンピーだって!?」
日々希はそんなに驚かなくても良いのに、と思う。
平家にあらずんば人にあらず的な感じなのかなと思う。
そんなにパンピーが珍しいのだろうか。
もっとも、彼らは平家ではなく、源氏一族らしいが。

はじめの衝撃を流すと、少年はキラッと目を輝かせた。
「どこにも属していないというのならあんたはわたしがもらった!」
「はあ?」
「あんたが欲しい!」

日々希は何を言い出すかと、目の前の端麗な少年を見る。
新しいおもちゃをねだる子供のようだった。
この場合、欲しいのは自分であるが。
こうやって彼はキスを奪ったように、自分の全てを奪うのだろうか?
先程の本能の警告ランプがまた点灯しだす。
彼はやはり危険。
ここから今すぐ立ち去らなくてはいけない。
彼には自分とそう変わらない小柄な体に、揺るがない自信と人を巻き込まずにはいられないパワーを感じる。

「欲しいって何を?キス?」
「あんた人生だ!」
彼はいい放つ。
ああ、彼に自分を持っていかれる!
日々希は思った。
こんなにまっすぐに、自分を丸ごと求められたことはない。
そして、意気揚々と続けようとする。
「わたしの名前は、、、」
その名前を聞いてはいけないような気がする。
今ここで聞いてしまえば、彼の名前が心に刻み込まれてしまう。
既に、体を張って助けたいと思うぐらいに、この端麗な少年に惹かれる自分がいるのだ。

「もう、いいよ。君が無事なら良かった。
僕は帰る。君も一緒に帰る?君は帰ってベッドで寝なよ?」

同じ年ぐらいの少年なのに、命を狙われる。目の隈が痛々しく、少年の苦悩を表しているように思えた。

「大きな会社のボンボンも大変なんだな。晩御飯まで数時間あるから、本当にあんた寝なよ?」
「、、、和寿だ」
「和寿」

桜の花びらが舞う。
日々希はつい、怪我のない方の手で滑らかな頬に手を滑らせてしまった。
以前よくなついていた猫は頬を撫でられるのが好きだった。


「あ、ごめん、、、」
慌てて手を引く。
日々希は来た道を引き返す。
噛まれた腕もジンと痛みだしていた。
ジャケットを貫き、牙は肉に達していた。
紺色のジャケットが紅く染まっていく。
日々希はジャケットを止血にキツく巻き直した。

もう、森には怪しい気配はなかった。
日々希を欲しいといい放ったのは、彼も桜の花びらの魔法にかかったのだろう。
それは一晩寝たら覚める魔法の類いだった。




残された少年は、日々希の背中が見えなくなるまで見送っていた。
「そこにいるんだろ?北見」
少年がそういうと、散歩道の大木の影から、長身の制服の若者が笑いを堪えながら姿を現す。

「和寿さまが楽しそうだったので、出るタイミングを逸しました。
それに、はっきりと振られましたね!
あんなにはっきりと言われたのに、おかわいそうに無視されて、、。振られるところを初めて見ました」
と北見は悪びれずに言う。
北見家はずっと北条家に仕えている。
北条和寿はムッとした。
「わたしが振られるなんてことはあり得ない!彼は、本当に一般なのか?」
「さあ?試験を受けたそうですけど。
北条ではありませんね」
北見は首をかしげる。
「調べられるか?」
「新学期が始まったので、ご存じの通り、外界から遮断されてしまいました。
すぐには裏付けは無理かと。襲った者も、姿がありません」
「そうか、、、」
理事長なら藤日々希の入学経緯を確実に知っているだろうが、北条和寿は聞くつもりはさらさらない。

北条和寿は日々希に触れられた頬に自分で触れる。彼が触れたところがまだほわんと温かい。

「わたしも帰って寝る。彼のことは注意をしていてくれ」
「和寿さまが人に興味を持たれるなんて本当に珍しい。しかも女性でなくて男性です。和寿さまのお好きなのは女性でしょう?」
北見は驚いていた。
「別にいいだろう?恋愛の好きではなくて、彼は命の恩人でもあるからだ」
「あれぐらいご自分で対処できるでしょうに」

あははっと北条和寿は笑った。
確かにあれぐらいなら和寿ひとりでも対処は可能だった。
伊達に子供の頃から北条家の後継ぎとして狙われたり、誘拐されかけたりしていたわけではない。
護身術は身に付けている。
ただ、北条和寿は、あのやわらかな表情をする男がどのように守ってくれるのか、見たかったのだ。
危険を前にして、別人のように表情は引き締まり、戦う男になった。
和寿は日々希に目が釘付けになったのだ。

キスをすれば戸惑いながらも受け入れたではないか?
もっと彼のいろんな顔を見てみたい気がする。

その後ベッドに就いた北条和寿は、翌朝北見に起こされるまで、延々と12時間眠ったのだった。
久々の熟睡だった。

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