花のOLは寿退社が希望です~フレグランスは恋の媚薬

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
3 / 20
第一話 トップノート

2、人間、ヤケ糞になれるのです。

しおりを挟む
ホテルのオークスのチャイニーズレストランから席をたった時、一時間もたっていた。
レストルームの鏡に写る自分は、真吾のいう通り地味な女であった。
なぜならそう装っているからだ。

紗良はトイレの洗面台で顔を洗う。
薄い化粧は流れていく。
A4のファイルがすっぽりと入る黒い革の鞄から、化粧品のフルセットを取り出す。

化粧水、ミルク、美容液、ファンデ、カラフルなパレット。
紗良の商売道具だ。
お客がどんどんきれいになっていく、魔法の道具である。

お客が、紗良の手で化粧をして変身し、驚きつつも目を輝かせて、新たな自分を食い入るように見ているその姿を見るのが、紗良は好きである。

自分の慣れた手で、自分を整える。
みるみる艶肌に、はっきりした顔立ちが引き立つ、艶やかな美しい顔に仕上がる。
こんなに自分にしっかりとメイクをしたのも初めてだ。
よく知った化粧の濃い匂い。

「わたしが地味な女ですって?」

貞淑な妻になるための演出が、仇となったのだ。
紗良の夢は霧散した。
真吾の新しい彼女はきれいなのだろう。

この数年、おなじ髪形だったそのひっつめ髪をほどく。
顔の輪郭をフワッと包むように、ラフに整える。

最後に赤いルージュを丁寧に引く。
その顔は別人だった。
紗良を知っている人が見ても、あの地味な紗良だと気がつかないと確信できる程、美人である。


ジャケットを脱いだ。
その下はシルクのノースリーブ。
生腕をさらすのは久々だった。
膝下10センチのスカートはウエストを巻き込んで膝頭を見せる。

ベタ靴は脱ぎ捨てたかった。
紗良はホテルのブティックでハイヒールを購入する。
ついでに大きな花のコサージュと、花のピアスを購入する。

「包装は不要ですから」

いぶかしげな店員に構わず、ピアスをその場で身につけ、コサージュは鞄につける。
靴を履き替えた。
鏡に写すとみたことのない、スラッとした美人が鏡から紗良を見返した。

「飲めるところはないかしら?」
「最上階のスカイバーはいかがですか?」
店員が教えてくれる。
紗良はそのスカイバーへ行く。
ひとりで今夜までバーに入ったことなどない。

エスカレーターの扉が閉まっていくその間から、エントランスホールに真吾が誰かを待っている姿を紗良は見た。
ピンクのミニスカート、茶髪の女の子が手を振り小走りに真吾に近づいていく。
真吾は手を挙げて立ちあがった。

「別れた日に、新しい彼女と会うな!」
吐き捨てた言葉はもちろん届かない。

紗良はとうとう人生最初で最後と思うぐらいにプッツンきたのだった。

紗良がバーに入っていく。
黒スーツの男が案内をしてくれる。
大きなガラスの壁から夜景が一望できる。

「カウンターで」
とは言うが、どこでも良かった。
飲んで、忘れたかった。そして、この悔しさを忘れさせてくれる、強い男にむちゃくちゃに抱かれたかった。
カウンターの3席空けた席にはスーツの30代ぐらいの男。
奥のソファには、金髪の男同士の外国人カップル。
その手前には、40代ぐらいの身なりが決まっているダンディーな男。

そして、紗良は飲んだ。
カクテル3杯。
いつの間にかカウンターの男は隣にいた。
男の匂いに気がつく。

「あんた、いい香りがする」
そして、他愛のない会話。

紗良はクラクラいい気持ちだった。
体を支えられ、スーツに顔を埋める。
男のスーツからは懐かしい香りがする。

「伽羅、安息香、丁子、桂皮、、それに深くていい香り」
雲に包まれるような感覚だった。
いつの間にかバーから部屋へ、そしてベットに寝かせられていた。

男の手でハイヒールが脱がされる。

「普段はバーで知り合った化粧臭い女をお持ち帰りなんてしないんだが。
誘ってくれと言わんばかりに物欲しげな目をしている。
あのまま、あんたをほっておくと、あの外国人にさらわれそうだったから。
それより俺の方がましだろう」

男はジャケットを脱いでネクタイを緩める。

真吾ではない、大人の男だった。

ギシッと紗良の横たわるベッドに膝をつく。
「俺がわかるか?まだ起きているか?やるぞ?」

返事を待たずに男は紗良のタンクトップを脱がせ、形のよい紗良の胸を揉みしだく。
つんとたった乳首を口に含まれ、舌で転がされた。
じんとした刺激が紗良の体を廻る。

「やっぱり、あんた、いい匂いがする。
男を引き付ける媚薬のような匂いだ。
あんた、男には困らないだろう?」

この男は何をいっているのだろう?

「23の誕生日に、結婚しようと言っていた男に振られたばっかりよ」

そういうと、男は意外そうな顔をする。
真吾よりも端正で男前。情欲に燃える目だった。
彼こそ女には困らないのだろう。
紗良はもう限界に来ていた。
この頭の芯をしびれさす、いい匂いをさせる男に、むちゃくちゃに強く抱かれたかった。

「それより教えて。あなたの匂い。最後がわからない」

紗良はスカートを脱がされ、下着もずらされる。

「竜涎香、アンバーグリスともいう。マッコウクジラの胆石からできる。女をとろかす媚薬。効いているだろ?」
男は紗良に己を突き入れた。
強引に押し入られて、紗良は痛みに顔をゆがめる。
「すまない、余裕がなくて、、」

男のすべてを受け入れると、後は快楽の波。
紗良の感じたことのないところまで、男は運ぶ。

「がまんするな、声を聞かせてくれ」

促され、聞いたことのない自分のあえぎ声を聞く。
それがさらに己の興奮を掻き立てる。
うつ伏せにされ、後ろからも紗良も知らない奥の快楽の扉を探られ、深く突き入れられた。
紗良は感じたことのない官能に我を忘れた。
紗良を縛る理性の鎖は解き放たれた。
その夜、何度も何度も絶頂に運ばれる。

真吾とは、一度も経験したことがなかった絶頂だった。

最後は紗良は泣いていた。

「もっと泣け!全部溜め込まないで吐き出せ!」

男は、まるで恋人のように紗良の涙を唇でぬぐう。
紗良はたまらず一夜限りの見知らぬ男の胸で、思いっきり泣いたのだった。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

『影の夫人とガラスの花嫁』

柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、 結婚初日から気づいていた。 夫は優しい。 礼儀正しく、決して冷たくはない。 けれど──どこか遠い。 夜会で向けられる微笑みの奥には、 亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。 社交界は囁く。 「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」 「後妻は所詮、影の夫人よ」 その言葉に胸が痛む。 けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。 ──これは政略婚。 愛を求めてはいけない、と。 そんなある日、彼女はカルロスの書斎で “あり得ない手紙”を見つけてしまう。 『愛しいカルロスへ。  私は必ずあなたのもとへ戻るわ。          エリザベラ』 ……前妻は、本当に死んだのだろうか? 噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。 揺れ動く心のまま、シャルロットは “ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。 しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、 カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。 「影なんて、最初からいない。  見ていたのは……ずっと君だけだった」 消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫── すべての謎が解けたとき、 影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。 切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。 愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...